第290話 魔力塊同士

入寂にゅうじゃくを終えたというバル・タザルの魔力量は、エルヴィーラには及ばないものの以前に比べると別人のような大きさであった。


生身の体だった頃と比べると、その存在自体がむき出しの魔力塊の様で、周囲の海水に微量に含まれている魔力すらも取り込みながらその周囲に独自の魔力の力場を発生させている。


『よいか、そのエネルギーは結局のところ、人工的に創られた無垢の≪魔力≫のようなものだ。いかなる手段により生み出されたのかはわからぬが、自然界にある≪魔力≫とは異なることが、自我を持った魔力の塊である儂にはわかる。無属性ゆえに移ろいやすく、他の力に染まりやすい。儂が具象化と魔力操作により、力に指向性を与えるから、お主は儂が≪人工魔力≫との引き合いにより、取り込まれぬように保持してほしい。お前の神力に混じり、散在している魔力を集め、それで儂を覆うのだ』


バル・タザルはそう言うと、彼が≪人工魔力≫と呼ぶエネルギーの圧縮体あっしゅくたいの側に近寄って行った。


クロードはバル・タザルに言われた通り、自らの全存在中に慎重に意識を張り巡らせ、魔力の有無を探った。


肉体を失ったことで、魔力塊の存在も消えてしまったと思い込んでいたが、そうではなかった。

クロードの魔力は、細かな粒子状になって≪神力≫の大いなる存在感に紛れて存在していたのだ。


クロードは大規模な≪次元回廊≫を使ったことで少なくなってしまった魔力をかき集め、バル・タザルを包み込むと更にその上を自らの≪神力≫を重ねた。


『うむ、善いぞ、善いぞ。だいぶ魔力操作が上達したな。儂には持ち得ぬその偉大なる力の使い方も板についておる。それでは行くぞ』


不思議な感覚だった。

自分の中にバル・タザルがいて、その存在の境界が魔力になっているわけだが、もともとその状態があるべき姿であるような錯覚を起こすほどに違和感がない。


初めて魔力の存在を知る手ほどきを受けた際、バル・タザルの魔力を危うく全て奪いつくしてしまいそうになったことがあったが、その影響をうけたのだろうか。

自分の魔力はどこかバル・タザルのそれと近いような気がした。


バル・タザルはその透き通った体のまま、その腕を伸ばし、≪人工魔力≫に触れると凄まじい形相で叫んだ。


『さあ、≪人工魔力≫を覆っているお前の力を解け』


バル・タザルの指示通りにすると、≪人工魔力≫はバル・タザルの手と繋がり、両者の間で魔力の引き合いが始まった。


バル・タザルの顔に苦悶くもんの表情が浮かぶ。


≪人工魔力≫は圧縮を解かれたことで次第に膨張し、それと同時に海上めがけて放出され始めた。


だが、クロードの魔力残量とバル・タザルの総魔力よりもはるかに巨大な≪人工魔力≫は、魔力の引き合いにおいては優勢であるようで、徐々にではあるがバル・タザルの存在を構成している魔力を取り込み始めた。


クロードの≪神力≫により全体が引き込まれてしまうのを防いではいるものの、直接触れ合っている部分からは力の浸食が始まっている。

バル・タザルであった部分が≪人工魔力≫側に取り込まれつつあるのだ。


バル・タザルの魔力でできた人型の左手上腕の辺りまで、その形を維持することが難しくなってきている。


バル・タザルの苦し気な≪念話≫のうめきが伝わってくる。



魔力の塊同士は、接近すると互いに引き合い、大きい方が小さい方を取り込んでしまう性質がある。


しかもこの≪人工魔力≫はその性質がより強いようだ。

そして触れたエネルギーの性質に寄せそのものにいるように感じる。

≪神力≫に触れれば≪神力≫のように、バル・タザルの魔力に触れればバル・タザルの魔力に近づこうとその性質を変化させていく。


まるでこれは、魔力の存在を知る前の自分の魔力塊のようではないか?


俺の魔力は、バル・タザルの魔力を引き込み、バル・タザルに似た性質の魔力となった。それゆえ、こうして身の内に内包しても、バル・タザルに対して異質な感じを受けない。まったく同じでないにしてもよく似ている。


魔力とは外的な影響を受けやすいもののようだ。

自らが作りだした≪心像ヴィジョン≫により、様々な形に具現化させることができるのもその性質によるのではないか。


≪人工魔力≫の放出による影響で、深海の様子が変わり始めた。


海底の砂が徐々に浮き上がり、大水圧の海底ではありえない水の流れが起きる。

大地は鳴動し、海水の温度が上昇を始めた。


徐々に≪人工魔力≫の総量が減少し始めているのは感じる。


だが、≪人工魔力≫の塊から全てが惑星外に放射しきってしまうよりも早く、バル・タザルの方が消耗しきってしまうのではないだろうかとクロードは危惧し始めていた。



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