第289話 精密操作技術

≪危険察知≫にも特に反応は無いし、バ・アハル・ヒモートからは敵意のようなものは感じていない。


話の通りであれば、バ・アハル・ヒモートが自滅するのは時間の問題であり、このまま海底で放置した場合、どの程度の被害が出るのか予想がつかない。


漂流神とはいえ、神をも殺しうる力。


この惑星自体に深刻なダメージを与える可能性が少しでもあるのであれば、手をこまねいて見ているわけにはいかない。


『それで、俺はどうすればいい? 』


『我の力ではどうすることももはやできぬ。物質の肉体を捨てて深海を脱出しようにもその瞬間、このエネルギーは膨張し、未曽有みぞうの破壊をもたらすだろう。我は消滅するかもしれぬし、お主であっても無傷というわけにはいくまい』


『お前をこの海底にいざなった力で、もう一度お前を惑星外に移動させるというのはどうだ?』


『駄目だ。この全身にかかる高水圧から解き放たれた瞬間、この肉体は崩壊し、我ごと爆発してしまうだろう。もし、そのような手段をとる気ならば、この惑星もろとも道連れに、この場で自爆する。おかしな真似はするな』


にわかにバ・アハル・ヒモートから敵意が漏れる。


『待て。ではどうすればいい?』


『お主がこの厄介なエネルギーをただ引き受けてくれさえすればいい。我とは比較にならぬほど巨大な≪神力≫を持つお主であれば、後は惑星外に放出させるなり、お前の身の内に封じ込めるなりいかようにもできるだろう』


何とも身勝手な申し出だとは思うが、この惑星自体を人質に取られている以上、従うしかないようだ。

時間もあまり余裕がなさそうだった。


バ・アハル・ヒモートの金属のいびつな球体のようになった体には亀裂のようなものが出来始めており、心なしか外殻がいかくの下の≪神力≫にもほころびが見受けられる。

バ・アハル・ヒモート自身の≪神力≫と≪機械神ゲームマスター≫から流用した≪神力≫の結合が弱くそこから何かが僅かに漏れ出ている。


どうやらクロードが≪亜神同化≫で取り込むのとは異なり、バ・アハル・ヒモート≪機械神ゲームマスター≫の力を自身のものにしたわけでは無いようだった。

≪神力≫の殻のどこまでがどちらの≪神力≫か、はっきりと区別できた。

バ・アハル・ヒモートは、自身の≪神力≫を≪機械神ゲームマスター≫に憑りつかせ、自我の無い力を操っているにすぎないようだ。


もともとそういう存在なのか、あるいは失われてしまったのか≪機械神ゲームマスター≫の≪神力≫からは自我や神格のようなものは感じない。



『そのエネルギーを俺が引き受けるとして、お前はこの後どうするつもりだ』


『我はこの≪世界≫を去る。お主のような恐ろしい神がいる場所にこれ以上居たくはない。おお、もう限界だ。さあ、受取れ。後は頼む』


バ・アハル・ヒモートの外皮がまるで熟れすぎた果実の様に内側から裂け、そこから≪神力≫で覆われた件のエネルギーの圧縮体あっしゅくたいが出てきた。


エネルギーの圧縮体は薄い≪神力≫の膜の中でぐにゃぐにゃと歪な変形を繰り返し、今にも破裂寸前であるようだった。


クロードは慌てて人の形の≪神様態しんようたい≫を解き、その存在全てでエネルギーの圧縮体を包み込んだ。


なるほど。

こうして見の内に入れて見ると、このエネルギーは確かに≪神力≫にも≪魔力≫にも似ている。

性質が移ろいやすく、ひどく不安定だった。

もし制御できれば様々な用途に使えるかもしれないが、これは人間が扱っていい力ではないと本能的に感じた。


このまま抱え込んだままではいられない。

このエネルギーは≪神力≫を傷つける。

少しずつ≪神力≫を分解し、それを吸着しているのだ。


正直、このエネルギーを爆発させたところでクロードの何十分の一かの≪神力≫を損なう程度であろうことは予測ができた。

しかし、その爆発の余波は、物質界に多大な影響を与え、各地で大津波や天変地異を起こすには十分な破壊力を持っていた。


その威力の封じ込めに失敗すれば地上に相当の被害が出る。


クロードはエネルギーの圧縮体を惑星外に放出することに決めた。

エネルギーの圧縮体を押し出し、力に一定の方向性を与えようとした。


しかし、エネルギーの圧縮体は内部で常に流動し捉えどころがなく、思ったようにコントロールできなかった。

力の多寡ではない。

そういう性質を持つエネルギーのようであった。


バ・アハル・ヒモートのように≪神力≫で包み込み、圧縮させておくことしかできない。

気を抜くと凄まじい膨張性を発揮し、どこかへ飛んで行ってしまいそうなのだ。


魔将ザームエルとの闘いで、初めて魔力を操作しようとして暴発させてしまった時のことが頭をよぎった。


このエネルギーを一定の方向に放出するには、魔力同様、精密な操作技術が要る。

エネルギーに具体的な心像ヴィジョンを与え、混沌に秩序を与えなければならない。

長きにわたり魔道士として修業を積んでいるエルヴィーラやデミューゴスであれば、あるいは魔力操作の応用で可能かもしれないが、今の自分にはどうにも不可能に思えた。


それでも一か八かやるしかない。


自らの≪神力≫が取り込まれるほどに増して厄介なエネルギーとなる。


クロードはエネルギーを完全に制御するのをあきらめ、一定の≪神力≫でコーティングしたまま、大砲が砲弾を発射する要領で力づくで射出することに決めた。


『いかん、いかん。それでは駄目じゃ。弟子よ、制御は儂に任せるのだ』


気が付くとすぐ近くに魔力を伴った精神体とでもいう他はない存在がやってきていた。

届く≪念話≫に何とも懐かしい響きがあった。


その存在は半ば透けているようで、しかしはっきりと人の姿を保っている。


白髪の長髪に長い髭。

薄く灰色がかった人懐っこい瞳の老人であった。


『バル・タザル!』


『久しいな、若人わこうどよ。いや、今や我があるじ、クロード王とでもお呼びするか。ようやく入寂にゅうじゃくを終え、お前の力になりに来たぞ』


生身の人間が決して到達できぬ、太陽の光すら届くことがない深海の底での師弟の再会であった。




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