第282話 少犠牲多命助

「これが何だかわかるかい? 」


デミューゴスは得意げな様子で、掌に丁度納まるくらいの球状の物体を取り出して見せた。


「これは、ルオネラに≪神力≫を込めさせた結晶体だ。魔石や魂結晶ソウル・クリスタルを参考にして作り出した私の発明品だが、これを使って封印術を発動させ、バ・アハル・ヒモートにはもう一度眠ってもらう。この辺一帯の、といってもクロード君の国に一部かかるくらいの範囲の大地を依り代に封印の効力がある≪神力≫の箱を作り、その中にやつを閉じ込めるんだ。魔境域の三分の一ほどが消失するが、まあ問題の内じゃない。私が喰った≪知恵と学問の神ウエレート≫の封印術の中に、ルオ・ノタルが使った術と同じものがある。膨大な≪神力≫を消費するが、この結晶体くらいの≪神力≫でも百年ほどは奴を封じておける」


「百年? その後はどうする」


「まあ、その間に何か別の代案を考えればいい。時間稼ぎには十分だろう」


「封印術の範囲に住む人や生物はどうなる? 」


「マテラ・アズクナルと同じさ。生きたまま大量の土砂に押しつぶされて、息絶える。一万年もそのままにしておけば、化石の出来上がりさ。嫌なら、住民たちを避難させるということも考えられるが、あれを見たまえ。もう一刻の猶予もない」


デミューゴスの指し示す先では驚くべき変化が起きていた。


バ・アハル・ヒモートの巨大な赤子のような体躯の金属でできた表皮を突き破るようにして大量の何か、石のようなものが、まるで火山の噴石の様に放出され始めた。


クロード達の近くにもいくつか飛んでくる。


「これは……魔石」


エルヴィーラは神妙な顔つきですぐそばの地面に落ちた物体を凝視している。


リタの話では、魔石は魔物を作る源であり、その個体を構成するための膨大なデータが書き込まれた情報体でもあるのだという。


バ・アハル・ヒモートの方から飛んできた魔石は脈打つような妖しい光を湛えており、やがて多種多様な魔物の姿に変貌し始めた。


クロード達の方向に飛んできた魔石の数だけでもかなりの数だ。


そのすべてがおぞましい魔物の姿となり、クロード達を見境なく襲ってきた。


クロードは、≪神鋼しんこうの剣≫で最初に襲ってきた羽を持った山羊の顔を持つ人型の魔物を切り裂き、そのままきびすを返すとエルヴィーラの背後に出現した別の魔物の首を刎ねた。


さらに迫りくる魔物たちを≪神鋼しんこうの剣≫で切り伏せていく。


≪恩寵≫の発生に対する不安が頭をよぎったが、今は迎え撃つ他はない。

敵をいなしつつ、どうすべきか考える時間を作らなくてはならない。


「クロード様、私は入寂により生身の実体を持ちません。普通の魔物に私は殺せない。私のことはお構いなく」


別にエルヴィーラを守ろうとする意思はなかった。

人の姿をしたものが襲われていたので自然に体が動いただけだ。

正直、このエルヴィーラに対してもまだ信を置いてはいない。


それにしても大量の魔物とは困った。

≪恩寵≫の発生を抑えるため、できるだけ倒したくはなかったがこれだけの数の魔物がマテラ湖を越えて、魔境域に雪崩なだれ込んでしまったら、どれだけの被害が出ることか。


魔境域だけではない。

もしこのまま魔物を生み出し続けることにでもなれば、≪世界≫はやがて阿鼻叫喚の地獄と化す。


それだけは避けなければならない。


「そうだ。そんな奴にかまっている場合じゃあない。今なら、魔物ごと封印術で何とかなる。少しの犠牲で多くの命が助かるんだ。早く決断したまえ」


デミューゴスが周囲に魔力の≪障壁≫を展開させ、近付く魔物を具象化ぐしょうかした魔力の≪黒炎≫で焼き払う。

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