第279話 漂流神

エルヴィーラの話ではかつてマテラ・アズクナルの原子魔導炉にりついた漂流神と目の前にいる怪物は全く別物としか言いようがないらしい。


漂流神とは、何らかの理由で自らの≪世界≫を失い、消滅を避けるために他の神の≪世界≫に逃れてきた異邦神いほうしんのことを言い、そのほとんどは、弱り果てて本来の神としての力を失っているものだそうだが、目の前の怪物は漂流神と呼ぶにはその身に蓄えられた≪神力≫が大きすぎるのだという。


しかもこれはおおよそ有りえない話であるのだが、この怪物が放つ神気からは、ルオ・ノタルの神気にどこか似た、あたかもこの≪世界≫の神の一員であるかのような存在感を感じるのだという。


出現場所が、かつてマテラ・アズクナルと呼ばれた場所であることから、ルオ・ノタルが都市ごと封印した漂流神と関りがある可能性は高いのだが、あまりの変貌ぶりに同一であることを明言することはためらわれるのだそうだ。


≪神力≫を秘め、金属の外皮を持った巨大な赤子のようなその怪物は、今のところ目立った行動を見せていない。

両手両足を大地に埋めたまま一歩も動かず、クロード達についても関心を示しているようには見えない。


ただ、体内には魔力を帯びたエネルギーの塊のようなものを内包しており、その分厚い金属でできた外殻は、まるで生き物のように蠢き、少しずつではあるが、その形状を変え始めたように見える。


「エルヴィーラ、あいつは一体、何をしているんだろうか?」


「私には何とも……。しかし、あの怪物は、やはりルオ・ノタル様が封印した漂流神が何らかの理由で変異したもので、まだ封印の効果が完全に消えていないのではないでしょうか。ルオ・ノタル様がクロード様に取り込まれる過程のほんの一瞬、封印が弱まり、地上に現れたものの、ああして身動きできないでいる。全て推測にすぎませんが、そうであるならば我らにとっては好機かもしれません」


エルヴィーラの推理が正しいのであれば、確かに相手が本領を発揮しだす前に、先手を打つのは悪くないかもしれない。


ただ、あの巨体を相手にどうすべきか。

新調したばかりの剣や武芸が通じる相手でもないし、やはりこれまでの神々から得た≪御業みわざ≫を試すほかはなさそうだった。


攻め手を考えていると、思いもよらぬ人物の予想外の動きを察知してしまった。

クロードは、ルオ・ノタルをその身の内に取り込んだ影響で、その分身たる神たちやその力を取り込んだ存在の位置、動きは常に把握できるようになっていたのだ。


天がにわかに暗雲に覆われ、頭上に怪しく輝く≪陣≫が浮かび上がった。

その人物ははるか上空から現れ、クロード達が今立っている岩壁のすぐ後ろにゆっくりと降りてきた。


「やあ、クロード君。何やら大変なことになっているようだね。大事な友の窮地きゅうちを見かねて、来てしまったよ」


表れたのは白い司教服に身を包み、銀色に輝く仮面をつけたデミューゴスだった。





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