第278話 世界侵略者

エルヴィーラだけを伴い、クロードはマテラ渓谷遺跡群へと向かった。


≪次元回廊≫を用い出た先は、峡谷のそそり立つ岩壁の上で、以前来た時にはなかった巨大な穴と件の怪物からは少し離れた場所であった。


これだけ離れていても怪物の巨大さは目の錯覚ではないかと思うような存在感を放っており、大きさを比較する対象を思い浮かべても、城などの建造物しか浮かんでこない。


全身を金属で覆われた赤子のような体型をした巨大な怪物は、自らの重さで身体を支えきれないのか、四つん這いとなったまま動かない。

手足は大地に沈み込むようにして突き刺さり、胴体だけが呼吸でもしているかのように静かに揺れている。


「どうだ。記憶にある異邦神と同じだったか? 」


クロードは、自らの目で確かめたいと言ってついてきたエルヴィーラに尋ねた。


「いえ、あのような怪物を私は知りません。私が見せられた異邦神の姿はあれほどの巨体ではありませんでした。強いて言うなれば、あの赤い目。共通しているのはその特徴だけ。全身が黒色で人型をしていましたが、大きさもあの怪物の十分の一にも満たなかった」


「今は大人しくしているようだが、戦いは避けられないのか? 」


「おそらくそれは無理でしょう。入寂し、生来の体を捨て去った私には、クロード様と同様に≪神力≫を感じ取ることができますが、あの怪物から発せられる≪神気≫と≪神力≫の総量は、紛れもなく外の世界からの侵略者……魔神です。この≪世界≫にやって来る異邦神たちの目的は、この≪世界≫を我が物とすること。自らの≪世界≫を失った末、弱り切った状態で漂流してきた神でさえ、信徒を増やし力を取り戻した際には必ず牙を剥きます。ましてや、自らの≪世界≫を保ちながら、他の世界にその手を伸ばすほどの異邦神であればなおのこと。彼らは魔神と呼ばれ、その力は漂流神とは比べ物になりません」


「戦う以外に解決方法はないということだな」


「そうです。我らが創世神であったルオ・ノタル様がそうしてきたように、この≪世界≫にやって来る魔神、漂流神を退けなければ、待っているのは滅亡。デミューゴスのはかりごとに気が付いた後も、あの男を放置し続けたのは、それでも彼が≪世界≫に対する独占欲から、その役割を果たしてくれていたからです。ですが、これほどの相手となると、ルオネラを擁し、自身も恐ろしい力を持つデミューゴスでさえも手には負えないでしょう」


さてどうしたものか。

体感的なものだが、≪神力≫の大きさで言えば、自分が相手に劣っているとは感じない。

だが、魔神と呼ばれる相手とは戦ったことがないし、何かこちらの及びもつかないような特殊能力を持っていた場合、手に負えなくなることだってあるかもしれない。


戦わずに済むなら、それに越したことはないというのが本音だ。


「神々の闘いに私が何かできるとは思いませんが、及ばずながらできることはさせていただきましょう」


エルヴィーラは、そう言うと突然、糸が切れた操り人形の様に地面に崩れ落ちた。


そして、先ほどまでエルヴィーラの肉体が立っていた場所には、透き通った状態のエルヴィーラの姿があった。

クロードの目には、エルヴィーラが二つに分かれたように見えて、一瞬ぎょっとした。


「そう驚かれても困ります。これが私の本当の姿。そこに転がっているのは、≪箱舟≫にストックしてあったスペアの肉体です。魔道の秘技たる≪入寂にゅうじゃく≫により、肉体を失うと次第に生物としての感受性や価値観を失ってしまうので、やむなく人の姿を保っていましたが、ルオ・ノタル様がおられなくなり、≪世界の均衡と安定を見守る者≫としての役割を終えた今、もはや不要でしょう」


エルヴィーラは、クロードの驚いた様子が相当おかしかったのか、笑みをこぼした。


独特の風貌ふうぼうのせいもあり、どことなく得体が知れないと思っていたエルヴィーラの心からの笑顔を初めて見た気がした。


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