第276話 盲

クロードの問いかけに男は「そうだ」と短く答えた。


エルフにとってオディロンという名がどれほど一般的かなどはわからないが、髪と目の色は一致しているし、何よりエルヴィーラと師弟的な関係であるという話だったので、この男がオルフィリアが探していた父親かもしれないと内心思った。


そうであるならば、オルフィリアの旅の目的は果たされることになるし、彼女の喜ぶ顔が見れることだろう。


「この建物の外に父親を捜して旅をしているエルフ族の女性がいる。オルフィリアという名前に覚えはないか」


「俺には娘はいないが、オルフィリアという名前には覚えがある。その名前は俺がつけた」


どういうことだろう。

名付け親ということで血縁関係にはないということであろうか。


「オルフィリアと俺は生物学上の親子ではない。あれは、この施設にストックしてある第十七世代型のエルフ族の肉体に、ルオ・ノタル様の≪創世の力≫で生み出した魂魄を込めたエルフ型の人工生物だ。俺の記憶とアイデアをもとにデザインされた記憶と自我を持ち、無意識の行動規範を植え付けてある。≪ガイアの使者≫であるあなたを保護し、俺たちの元に導かせるために我らが用意した、いわば『導き手』だ」


何を言っている。

オルフィリアとあの河川敷で出会ったのは偶然だったはずだ。

彼女は魔物たちに襲われていたし、それを助けたことまでが彼らの仕組んだことだとでも言うのか。


「嘘を言うな。彼女は故郷の森の符牒ふちょうを持っていたし、それに……」


「信じられない気持ちはわかる。だが、俺たちも必死だった。デミューゴスたちに気が付かれる前にあなたを安全な場所に誘導する必要があった。だが、俺たちはルオ・ノタル様のもとを離れることができなかったし、奴にその存在を知られ過ぎていた。俺やエルヴィーラがあなたの回収に向かえば、かえって危険な目に遭わせかねない。そういう判断だった。オルフィリアが持っていた符牒というのは、もともとは俺の所持品だ。人間の街に出入りするには身分を証明するものがあった方がトラブルになりにくい。馬は、あなたの衰弱具合によっては必要となるであろうし、オルフィリアを襲っていた魔物もエルヴィーラの≪命令オーダー≫で役割を与えられていたにすぎないので、命を脅かすものではなかった」


「馬鹿げてる。なぜ、そんな回りくどいことを」


「この≪世界≫に現れたあなたを発見した段階では、まだ≪ガイアの使者≫であるかもしれないという可能性に過ぎなかった。自然を装い、あなたを近くで観察する必要があった。オルフィリアの体には微小なサイズの複数のカメラや集音機が仕掛けられている。俺たちはそれを通して、あなたが俺たちの待ち続けていた存在であるかを確認したかったんだ。そのためにわざわざ、人族が好意を持ちやすい人族の比率がより高い第十七世代型のボディを……」


「もういい。やめてくれ……」


何に対してそうなっているのか、自分でもわからなかったが、胸の奥がむかむかとして、吐きそうだった。


「すまない。こうしてすべてを告白したのは、あなたに敵意が無いことを分かってもらうためだ。不愉快な思いをしたかもしれないが、俺たちの望みはこの≪世界≫を崩壊から救いたいということだけなんだ」


オディロンは、クロードの表情から何かを察したのか、一瞬の沈黙の後、謝罪した。


「クロード様、ルオ・ノタル様亡き後、この世界を崩壊から救い、安定に導くことは、あなたの先ほど仰せられた願望と相反するものではないはずです。どうか、御力をお貸しください。その代わりに私もオディロンも、こののちは貴方様に絶対の忠誠を持って、お仕えすることをここに誓います。どうか、この≪世界≫に生きる我らに慈悲と加護を……」


エルヴィーラとオディロンは、クロードの前で片膝をつき、こうべを垂れた。

それに遅れてもう一人の無表情なエルフの青年も、それに倣う。


ルオ・ノタルがいなくなったので、今度は俺ということか。


彼らにとっては俺の為人ひととなりなど関係ないのであろう。

彼らが言う忠誠という言葉の先にあるのは、ただの≪力≫だ。


彼らは、ただ≪神≫という名の力の塊を信奉しているに過ぎない。

忠誠ではなく、盲目的な宗教依存と思考停止。


このあまり愉快ではない存在に思える二人を、今後どう扱うべきか考えていると、突然、ひどく建物が揺れはじめた。


いや、建物だけではない。

おそらく大地全体が揺れている。





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