第275話 役割

「ルオ・ノタル様……なのですか?」


ルオ・ノタルの記憶の断片の奔流が止み、気が付くとエルヴィーラたちが近付いて来ていた。


エルヴィーラの側にいるのはどちらもエルフだった。

一人は灰色がかった銀髪を後ろでまとめた長身の男で、この部屋を訪れたとき何やら忙しそうに作業していたのは彼だろう。

人で言えば五十代前半ぐらいに見えるが、容姿は整っており、両の青い目には深い知性のようなものが感じられた。

もう一人はまだ若者といって良い青年だった。


エルヴィーラの≪障壁≫によりクロードから放たれた力の暴走の巻き添えを凌いだようではあったが、三人とも怪我をしていた。

特に盾となったエルヴィーラは力の消耗が激しいらしく、呼吸が乱れ、肩が上下に揺れていた。


「お前たちにとっては残念だが、俺はルオ・ノタルじゃない。彼女は取り込まれ、その自我は消滅した」


クロードの言葉に三人の顔が曇る。


「そうですか。創世神ルオ・ノタルの消滅は、もう一人の≪理外の者≫であるデミューゴスの存在によって歪められた≪運命フォーチュン≫の帰結であったわけですが、あなたとの邂逅かいこうが何かを生み出すのではと、一縷いちるの望みを抱いていたことは事実です。創世神たる力は受け継がれたのですか?」


エルヴィーラの問いかけにクロードは静かに頷いた。


自分の身の内に≪世界を創る力≫と≪自らが作った世界を無に帰す力≫の両方を確かに感じる。


確か≪肉獄封縛≫だったか。


度重なる損傷でその効力が弱まりつつあるものの、今のクロードの人としての姿を構成している肉体のかせにより、この二つの力は使うことが出来ないようだ。


「そうですか。ルオ・ノタルの消滅と共に失われるはずだった創世神としての力が継承されたことは、この上無き僥倖ぎょうこう。クロード様はこの先、創世神として如何なる道を歩まれるおつもりですか? 」


「俺は創世神などになったつもりもないし、この力を使うつもりもない。俺はただのクロードとして生きるだけだ」


「ルオ・ノタルにより織り込まれた≪運命フォーチュン≫は今日この時より終焉いたしました。この先の、この≪世界≫の行く末は混沌の海を漂流することになります。誰かが教え、導かなくてはきっと滅亡への道を歩むことになります」


「本当にそうだろうか。神などいなくても、この≪世界≫に暮らす人々は自らの力で生きていけるんじゃないのか。現にルオ・ノタルも≪九柱の光の神々≫も、何処かに潜み、神としての働きをしていなかったが、この世界には何の問題も起きていない。神は人間に干渉するのではなく、ただそこにあって見守ることだけで十分なんじゃないのか。過保護ともいえる神々の行いが、いらざる災いを生んでいるのではないのか? 人間の問題は、人間の力で解決させる。それでいいじゃないか」


「何ということを……、創世神として役割を放棄するというのですか?」


「好きなように受け取ってもらってかまわない」


クロードの言葉にエルヴィーラは茫然とした様子になった。



「そう言えば、先ほどオディロンという名を聞いたが、貴方か? 」


クロードは、エルヴィーラの傍らに控えるエルフの男に尋ねた。

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