第274話 第八天

自分という小宇宙の中で起こった二つの異なる自我の相克そうこくは、そのあふれ出る≪神力しんりき≫の影響により外の世界にも影響をもたらしたようだ。


自らに取り込んだルオ・ノタルが沈黙し、ようやく同化が始まったことを確信したクロードが周囲を見渡すと破壊しつくされた機械類の残骸ざんがいが散在している室内の凄まじい様子に驚いた。


どうやら制御を失ったいかずちだけでなく、様々な力が身の内から放たれたようで、室内の備品はクロードの周囲から部屋の隅の方に吹き飛ばされ、何か強い力によってひしゃげたり、砕けたりしていた。


幸いなことにこの部屋にいた三人は負傷こそしていたものの、命に別状は無いようであった。

どうやらエルヴィーラの作り出した魔力の≪障壁≫の中に避難していたようだ。



エルヴィーラたちのいる方向へ歩き出そうとした時、クロードの脳裏に何か映像のようなものが浮かび上がってきた。


最初に浮かんだヴィジョンは、青い惑星だった。

宇宙空間に浮かぶその星は、よくテレビ番組などで宇宙飛行士たちがステーションから地上に送ってくる映像の地球と瓜二つであった。


その青い惑星を含めた広大な銀河を眺めながら、筋骨隆々たる白髪の大きな男がこちらに向かって話しかけてきた。


「我が愛しい娘よ。ルオ・ノタルよ。その目に焼き付けておくが良い。この第八天に広がる素晴らしい≪世界≫を……」


「はい、お父様。私はこの生まれ育ったこの≪世界≫を決して忘れません。いつかきっとお父様に褒めていただけるような素晴らしい≪世界≫を創り、この第八天に戻ってまいります」


どうやら自分は小さな少女、おそらくはルオ・ノタルの視点であるらしく、自分の意思とは関係なく声が出ている。


「これからお前が赴く第一天は、最も新しく、最も下層の次元。様々な由来、系譜の新しき神々がひしめく混沌の階層だ。その第一天で最も輝く存在となり、神々の女王となるのだ。全ての神々を従え、高位次元神たちに認められるような理想の≪世界≫を創り、そこで蓄えられた信仰の力で、第一天の下に新たなる次元階層を開くのだ。さすればお前の功績は認められ、高位次元神の仲間入りを果たすことができる」


「私にできるかしら……」


「臆することはない。お前は我が力を分けたる女神。他の凡百の神の及ばぬ力を備えておる。力に頼るのではなく、叡智を輝かせよ。自らが生み出した子らを深く愛せ。さすればおのずと信仰は高まり、お前は使命を果たすことができるであろう」


白髪の男の大きな手が頭を撫でた。


ヴィジョンはここで途切れた。


その後は凄い速さで多くの断片的なヴィジョンが自分の脳裏を駆け抜けてゆく。


雑居ビルが建ち並ぶ風景。巨大な神殿跡。東京。広大な砂漠。地上絵。まだまだ続く。行ったことがない場所がほとんどだったが、地球上の様々な景色と思われる映像がフラッシュバックの様に駆け抜ける。


荒涼とした宇宙空間。殺風景な砂漠のような大地。植物の双葉。溢れる緑。原初の生命溢れる密林。見たこともない生物たち。訪れる異形の神。穿たれた天地と生命のない大地。


破壊と再生が何度も繰り返される。


愛らしい子犬の顔。白皙の青年。文明的な光景。人々の笑顔。未来的な都市景観。醜い人間の振る舞い。


次々と飛び込んでくる。

その速度は増してゆき、次第に把握できなくなる。


他の神を取り込んだ時もそうであったが、この現象はあくまでも≪亜神同化≫の副作用のようなものらしく、全ての記憶を自分のものにすることは出来ない。

消滅寸前の上に、細切れになったルオ・ノタルを力づくで同化したことも影響しているのだろうか。

飛び込んでくる情報量は少なく、脳裏に浮かぶヴィジョンもおぼろげで、不鮮明なものが多かった。


最後に残ったのは、ルオ・ノタルの「お父様」に対する憧憬と故郷であるらしい第八天への思慕の情だった。


こうして身の内に取り込んでみると、ルオ・ノタルが少し憐れに思われてきた。


彼女もまた自分と同じく故郷から遠いこの最下層次元にあるこの異世界にやって来てしまった孤独と寂しさを抱えた存在だった。


さらに身に余る使命と重責を抱えて、苦悩していた。


最後に見せた執念と悪あがきもどこか憎めない気がするのは、乗っ取られかけたことを考えると、お人よしが過ぎるであろうか。


ルオ・ノタルとは、出会ったばかりでこのようなことになってしまったが、もし彼女がこれほど追い詰められた状態でなければ、もう少し違う関わり方ができたのではないだろうか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る