第273話 全身全霊

ルオ・ノタルから取り込んだ≪神力しんりき≫は、クロードに内在する≪神力≫と馴染なじむことはなく、異物のような状態で存在し続けていた。


それどころか、おそらく天空神であった女神ロサリアから取り込んだ≪神力≫であった部分を徐々に取り込もうとし始めた。


もともとはルオ・ノタルの力を切り分けた分身のようなものであったそうなので、親和性しんわせいが特に高いのかもしれない。


こうして自らの内部で起こった変化に目を向けているうちにあることに気が付いた。

火神オグンや石神しゃくじんウォロポは、もはや完全にクロード自身の≪神力≫と混じり合い一体化しているが、女神ロサリアの≪神力≫のおよそ半分ほどはまだ、その他の部分と区別がつく程度にはその独自性を残していたのだ。


食べ物が胃腸で完全に消化される過程のように、取り込んだ≪神力≫が完全に自分のものになるまでには時間がかかるということなのだろう。



クロードの中で、ルオ・ノタルとの女神ロサリアの≪神力≫であった部分の支配権争いが始まった。


肉体の内側。

クロードの≪神力≫の塊である≪人様態じんようたい≫がルオ・ノタルとの相克そうこくで異常なエネルギーを生み出す。

喰うか、喰われるか。


クロードは膝をつき、両手で両肩を押さえたままうずくまった。

まるで、自分の身の内で暴れる何かを押し込めるように強く握力を込める。


静まれ。

お前はもう俺に取り込まれたんだ。

大人しく、消えろ!


『嫌だ。消えたくない。この最下層次元≪第一天≫を統べる神になるまで、消えるわけにはいかない。私にはその使命がある。目的もなく、ただ彷徨う愚か者。運命の傀儡。そして無為なる漂流者よ。お前のすべてを私に差し出せ』


取り込んだルオ・ノタルの≪神力≫の断片の一つ一つが、声を上げる。

このような姿になっても未だ自我を失っていない。


これまで取り込んできたどの神とも違う。

この自我のようなものがクロードへの同化を妨げているのは明白だった。


それにしても自ら取り込まれておいて、何が消えたくないだ。

ふざけるな。


クロードの身体から溢れ出た≪神力≫がいかずちと化し、周囲の機械類に放たれた。おそらく天空神の≪御業≫が制御を失った形で顕現したのだろう。


エルヴィーラたちの悲鳴のような声と周囲が破壊される音が聞こえるがそちらに意識を向ける余裕はない。


ルオ・ノタルと女神ロサリアの≪神力≫の半分ほどを足しても、クロードの≪神力≫の総量の方がはるかに多い。


火神オグン、石神しゃくじんウォロポから取り込んだ≪神力≫も動員し、ルオ・ノタルの≪神力≫に宿る自我のようなものを焼き尽くし、擦りつぶそうと試みる。


だめだ。

足りない。

相手の妄執、自我を完全に消し去るには、もっと大きな存在力とでもいうべき、強い力がいる。

取り込んだ他者の力ではない、生来の自分をぶつけなくてはならない。


欲望、信念、執着、希望……何でもいい。

もっと強く自我を保持するための何かが必要だ。


世界を救うとか、そんな大層な望みも、ルオ・ノタルが言うような使命なんかも俺にはない。


平凡などこにでもいる普通の人間だ。


人様に後ろ指差されるようなことをせず、安定した職業に就き、穏やかで幸せな家庭を持てたら、それで十分満足だ。


ああ、そうだ。


シルヴィア。


出会った頃の無表情。困惑した顔。はにかんだ顔。拗ねた顔。怒った顔。


そして部下たちの前では見せない、俺だけにくれる笑顔。


そうだ。彼女とこの異世界で幸せに暮らす。

アウラディア王国とミッドランド連合王国を軌道に乗せたら、退位して、二人でこの世界を旅してまわるのもいいかもしれない。

収入も必要だろうから二人で冒険者に転身するというのはどうだろう。


ささやかな幸せ。


それを守ることだって立派な目標だ。


自分の幸せを守るために障害となる物は全て摘む。


デミューゴスも、ルオ・ノタルも。


消え去れ。ルオ・ノタル、お前はもう失敗したんだ。身の丈に合わない目標など捨ててしまえ。


大人しく俺に取り込まれろ。


クロードは、≪神力≫だけでなく、自分の全身全霊でルオ・ノタルの断片を押しつぶした。

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