第272話 世界無帰力

創世神ルオ・ノタルの提案は、一見何のデメリットもないように思われる。

だが、それと同時に魅力に欠ける提案だった。


≪世界を創る力≫と≪自らが作った世界を無に帰す力≫を得たところでそれを行使する気は無いし、正直、このルオ・ノタルの脅迫きょうはくじみた態度がどうにも不快に思われて、従おうという気が起きない。


≪自らが作った世界を無に帰す力≫の方は、今しがたルオ・ノタルがやって見せた様に脅迫の材料になってしまうし、デミューゴスのような者の手に渡る恐れを考えると確保しておかなければならないのは頭では理解している。


しかし、≪亜神同化あしんどうか≫のスキルは、自分でもまだよくわからない部分が多くあるし、神を取り込むことによる自身への影響についても不安が無いわけではない。


いっそのこと、ルオ・ノタルが誰にも迷惑をかけず静かに消滅してくれていればよかったのにとさえ思った。


「クロード殿、どうか我が主の願いを聞き届けてください。これは、この≪世界≫に住む全ての者の願い。子である我らには創世神たる存在が必要なのです。縋るべきもののない≪世界≫にしないでいただきたい」


背後のエルヴィーラが懇願してきた。

今度は呼び捨てから、殿に変わったようだ。


「ルオ・ノタルを取り込んだとしても、俺が創世神になるわけではない。それでもいいのか」


「はい、我らルオ・ノタルに創られし者たちは、無意識にではありますが自分たちの創造主の存在を常に感じているのです。もし、このまま我が主が消滅してしまったなら、理由のわからぬ大いなる喪失感と不安により、人々の心は荒廃し、やがて≪世界≫は緩やかなる滅びの道を辿ることになるでしょう。あなたがルオ・ノタルを取り込んでくだされば、あなたの中にその存在を感じ取ることができる。あなたが≪希望のしるし≫となるのです」


話は分かったが、自分には重すぎる話だった。

自分のことで精一杯なのに、≪世界≫だの、≪希望≫だのと言われても判断に困る。

それに創造神消滅による喪失感とやらの話も真偽のほどは確認のしようがない。

漂流神であった石神しゃくじんウォロポとラジャナタンの民の関係を見れば、別に創世神やこの世界で生み出された神に類する者でなくても信仰の代替になり得ると思うが、違うのであろうか。


ルオ・ノタルもそうだが、このエルヴィーラも完全に信じることのできない何かをその言葉の中に感じさせる。


「俺は……」


『オディロン、維持装置を止めなさい。≪ガイアの使者≫がここにたどり着いた時点で事は成ったのです。これは選択の余地が無い≪運命さだめ≫なのです』


クロードとエルヴィーラの会話を遮るようにして、創世神ルオ・ノタルの≪念話≫が室内に響いた。


「仰せの通りに」という男の声が先ほどとおってきた通路の脇から聞こえてきた。


魂結晶ソウル・クリスタルの玉が光を失い、創世神ルオ・ノタルの輪郭が崩壊を始めた。


『おお、父なる神ガイアよ。その深き慈愛に満ちた御心に感謝いたします。私は、この者の一部となり、必ずや使命を果たします。第八天の高みよりご照覧あれ』


ルオ・ノタルを形作っていた≪神力≫が粒子状になり、それらが吸い寄せられるクロードの周りを漂い始めた。


こちらの意思などお構いなしか。

同意もなく、自ら取り込まれることを選ぶのは想定外だった。

そして、自らの手を下した対象以外にも≪亜神同化あしんどうか≫が発動することに思い至らなかった。


生まれながらの神ゆえの傲慢、独善なのか。

創世神ルオ・ノタルは、終始、好意的に思える部分がない存在だった。


そのルオ・ノタルが自分の一部になると考えるとゾッとしたが、もう手遅れだ。


亜神同化あしんどうか≫の効果範囲がどのくらいの広さなのかはわからないが、同化はすでに始まっており、この場を離れたとしても間に合わない。


ルオ・ノタルは、瞬く間に、その形を維持できなくなり、クロードの中に吸い込まれるようにして消えていった。


取り込んだ≪神力≫は微量と言っても過言ではなかったのだが、火神オグンや女神ロサリアを取り込んだ時とは異なる、熱い鉄の塊を飲み込んでしまったかのようなずっしりとした存在を自分の内側に感じた。


身の内に留めておくことも、外に追い出すこともできないようなそんな感覚だった。








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