第271話 何万年否何億年

複雑な気分だった。


正直、このアヌピア都市遺跡には具体的な成果や目的を求めて調査に来たわけではなかった。


久しぶりにオルフィリアと冒険がしたかったし、彼女の仲間とも少しずつ打ち解けてきたところだったので、このままある程度の値打ちがある発掘品など見つかればそれで満足して帰還するつもりであった。


エルヴィーラの存在の真偽についても、別にそれほど重要ではなかった。

アヌピア都市遺跡で目撃されていた女性の姿についても、そのオチは「幽霊の正体見たり枯れ尾花」で別に構わなかったのである。


目の前のルオ・ノタルにしても、この異世界に来たばかりの頃ならいざ知らず、元の世界に戻ることより、愛するシルヴィアやこの世界の人々と幸福を目指そうという気持ちになってきた今、それほど会いたかった存在では無くなっていた。


浮き立つような楽しい気分が台無しにされたような、そんな気分だった。


「申し訳ないが、俺は≪ガイアの使者≫なんかじゃない。何も託されては来ていないし、その……ガイアという神にも直接会ったわけではない。この異世界に来る前に、それらしき人の声を聞いたが、具体的にどうということもなく、ただ知らない女性との会話を傍らで聞いていただけだ。現実だったかすら定かではないし、ただの夢だった可能性もある。あなたの境遇には同情するが、用事が無いのなら帰らせてもらおうか」


『そんなはずはありません。我が父は何らかの意図があって、あなたをこの≪世界≫に遣わしたはずです。何かあるはずなのです。思い出しなさい』


ルオ・ノタルの発する≪念話≫に感情の揺らぎが感じられた。


思い出せと言われても、本当に何もないのだ。

父親が娘をたしなめる様な、そんな会話内容だった気がしたが、それは自分に向けられたものではなかったはずだ。


それにしても、この≪神≫たちのよくわからない抗争も、親娘のやり取りもだんだんに煩わしくなってきた。

自分たちの都合で、当たり前のように俺やその他の人々を巻き込む。


いい加減にしろと怒鳴りつけてやりたいような気分が少しずつ湧き上がってきていた。


『父神は、おそらく私の窮状きゅうじょうを見かねて、助け舟としてあなたを寄こしたはずなのです。あなたに私を救う力が無いのなら、あなたにできることは一つ。その≪亜神同化あしんどうか≫の力で、私が消滅してしまう前に私を取り込みなさい。本来であれば、≪真なる神≫を同化することは適わないのですが、「力と権能の大半であるルオネラ」と「神性かむさがと純真を宿したルオ」の両者を切り離した今の私であれば≪亜神≫として取り込めるはずです』


「そんなことをして、俺に何の得がある」


『≪世界を創る力≫と≪自らが作った世界を無に帰す力≫を得ることができます。私はことで消滅を免れることができますし、あなたの一部として愛する父≪ガイア≫のもとへ帰還するという望みもいつか叶うかもしれません』


終始、このルオ・ノタルが語る内容というのは自分中心だ。

神というのはこういうものなのだろうか。


だが、話の内容に気になる部分があった。


「≪ガイア≫のもとへ帰還するといったが、それは俺が元にいた世界へ帰れるということなのか」


『そうです。この最下層次元で、最も優れた神であることを高位次元神たちに証明し、他の神を従えるほどの存在になれば、神格が引き上げられ≪ガイア≫のいる第八層すなわち第八天に近づくことになります。神としての功績を積み、神々の格付けを引き上げることでしか上層への次元の壁を越えることはできません。私を取り込むことは、その格付けに加わる資格を得るということ。父なる≪ガイア≫のふところにあなたも帰りたいのでしょう? こんな低次元の、粗野な下級神で溢れる最下層次元などもう一刻も早く抜け出たい。違いますか』



元の世界に帰りたいという気持ちが全くないわけではない。

だが、途方もなく気が遠くなるような話だ。

その高位次元神たちに認められるのにどれだけの年月が必要なのだろう。


何万年、いや何億年。

それでも足りないかもしれない。


それだけの月日が経ち、誰も知っている人がいなくなった元の世界に戻っても、何か意味があるだろうか。



『あなたには選択肢など無いのです。言いませんでしたか? ≪自らが作った世界を無に帰す力≫を私が有していると。あなたが私を取り込むことを拒むのであれば、私が作ったこの世界を全て無に帰します。あなたが、大事に思っているあの魔道士も、あなたの王国も、すべては私が作った創造物。さあ、首を縦に振りなさい』


ほんの少し考え込む素振りをしただけのクロードに、ルオ・ノタルがしたのは哀願ではなく、脅迫だった。


この世界に来てから今日までの全てを、この棺のような薄暗い巨大な箱の中から、監視していたのであろうか。

その上で、シルヴィアやアウラディア王国を含むミッドランド連合王国の民を含む全世界を無にすると?


創世神としての創造物への愛を微塵みじんも感じられない発言だった。


目の前で頼りげなくおぼろげな光を帯びた存在が、まるでよこしまな亡霊のようにクロードの目には映っていた。



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