第270話 主

分厚い二重の金属扉が開いた先は、薄暗い雑然ざつぜんとした部屋だった。


用途のわからない機械類が無秩序に置かれ、それらに組み込まれた発光物がちらちらと部屋中で灯っている。

壁やデスクと思われる台の上にはモニタと思われる板状のものが所狭しと設置されているが、そのほとんどは消えたままで、半分もついていない。


本来は四、五十人がオフィスとして使えるほどに広い室内なのだが、無秩序に置かれた機械類のおかげで狭く感じる。


≪五感強化≫のスキルで聴覚を研ぎ澄ませると空調設備や機械類の作動音に混じって、二人分の呼吸音と鼓動、そして正確な位置を捉えることができた。

一人は機械類の影に隠れて姿が見えないが、もう一人はデスクの前で忙しそうに作業する姿が見えた。

エルフだった。人間に置き換えると五十代前後。テーオドーアよりは若く見えるがそれも推測すいそくに過ぎない。


こちらに対する敵意を感じないし、息を殺して隠れている様子もない。

時折、視線のようなものは感じるが、エルヴィーラがいうところの≪あるじ≫とは、どちらの人物のことであろうか。



部屋の中央は辛うじて通路として確保しているのか、二人ぐらいであれば並んで歩けるほどの幅がある。


室内の照明は電源が落ち、非常灯がいくつか辛うじてついている程度の明るさだったが、機械やモニタが発する光のおかげで、通路上の太いケーブルや管につまづかないで済む。


エルヴィーラはその両者に声をかけることなく部屋の奥へと進んでいく。


「これは……」


エルヴィーラに案内された先にあったものを見て、クロードは一瞬息を飲んだ。


ゲイツたちが使用していた地下研究施設にあった魔石人間用のタンクのようなものが三つ設置してあり、その中には、エルヴィーラと同じような外見的特徴を持つ人間が入っていた。


それら三つのタンクからは管のようなものがいくつも出ていてその中の一本が向かう先には、屋上の祭壇にもあった魂結晶ソウル・クリスタルの玉が置かれた台座があった。


どうやらタンク内の三人から魔力とは異なる何らかのエネルギーが台座の上の魂結晶ソウル・クリスタルに流れ込んでいるようで、そのエネルギーの流れがクロードの目にははっきりと分かった。


魂結晶ソウル・クリスタルは、淡い光を放っており、やがてその光は一つの塊となり、その中心に顔のようなものを浮かび上がらせた。


か弱く、おぼろげだが≪神力≫を感じる。

注意深く探ろうとしなければ見落としてしまいそうな、そんな矮小わいしょうさだった。


この魂結晶ソウル・クリスタル上に浮かぶ頼りなげな光の塊は、紛れもなく神のたぐいであるようだった。


クロードの身に一瞬、少しの緊張が走る。


弱り果て、炎の塊のような姿になっていた≪火神オグン≫と比べても、はるかに脆弱な神力しか感じ取れないが、それでも神力を帯びた存在。

油断することは出来ない。


『≪ガイアの使者≫よ。身構える必要はありません。ようやく消滅をまぬがれているような酷い有様なのです。こうして三人の古代エルフ族の神官の献身無くしては、自分を保つことすら出来ない哀れで、惨めな存在。≪箱舟≫に身を潜め、ただひたすらに父神の慈悲を乞う日々が私から神としての自負心さえ奪い去りました』


淡い光の塊から、脳内に直接、≪念話≫が送り込まれてくる。


ガイアの使者?

使者というのは命令や依頼を受けて、それを伝達する者のことを言うのだろう。

そうであるならば、自分はそれには当たらないと思った。

自分は何も知らずにこの異世界に来た。

理由も何も知らされずに。


それにエルヴィーラには、≪理外りがいの者≫などと呼ばせておいて、≪ガイアの使者≫とはどういうことだろうか。


「あなたは一体何者なんだ?」


屋上で見た不思議な幻影による過去の記憶の再現のようなもの。

これまで異世界を彷徨い、そして得た知識。

なにより目の前の神力の塊から感じる女神ロサリアに似た神気の波長。


この目の前の脆弱な神力の塊が、如何なる存在であるか、クロードにはおおよその見当が付いていたが問わずにはいられなかった。


『私の名は、ルオ・ノタル。偉大なる高位次元神≪ガイア≫の娘にして、この≪世界≫の創造者であったものです。何度も≪世界≫を創り変えるほどの力を与えられながら、いたずらに浪費し、今起きている全ての災いの元凶たるデミューゴスの台頭を許した愚者。神と名乗る資格無き哀れな存在です』


弱々しい調子で今にも掻き消えそうな≪念話≫の声色であった。

弱り切った精神の状態が心を通じて伝わってくる。


自分の過ちを認め、反省することは必要なのだろうが、もし自分がこの異世界の生まれながらの住人であったなら、自分の創造主のこんな弱音のようなものは聞きたくなかっただろう。


これまで出会った漂流神たちや女神ロサリアもそうだったが、神と言っても完璧で完全なる絶対者ではなく、ギリシャ神話の神々の様に人間くさい感情や性格を有しているようだ。


万能でも全知でもない。

人知じんちの及ばぬ大いなる力を持ちながら、デミューゴスの奸計かんけいに陥り、今目の前でこうして消滅するのを待つばかりになっている創世神を見ると、あきれるのを通り越して哀れにすら思えてくる。


まがりなりにも神に対して、そのように感じてしまうのは自分の思い上がり、傲慢であろうか。




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