第269話 箱舟

「前置きは、このぐらいにしておきましょう。ついて来てください。あなたに会いたいという御方が中で待っておられます」


エルヴィーラはそう言うと、この広い屋上の隅にある塔屋とうやのような四角い建造物に向かって歩き出した。

クロードは言われるままにエルヴィーラの後ろをついていくことにした。


こうして後ろ姿だけ見る分には、突き出た長く尖った耳と華奢きゃしゃな背中はエルフそっくりだと思った。

目の前のこの人物が本物のエルヴィーラであるのかについては、元々外見的な特徴を知らないので確かめようもないが、ここまで特異な外見であるならば、常人には成り済ますことは不可能であろうし、ここまで聞いた話の内容からいっても、まず本人に間違いないと考えていいだろう。


「ちょっと待ってくれ。そんなに簡単に俺を信用していいのか。中に招いてしまって、もし俺が敵だったらどうする」


塔屋の扉の前に立ち、扉の横の透明な板に手を当てようとしたエルヴィーラにと問いかけた。


「あなたがもし敵であるなら、それはもうどうしようもないことです。自覚が無いようですが、あなたに匹敵ひってきする力の持ち主など、もうこの≪世界≫には存在しない。この≪箱舟≫の中にさえ、力づくで侵入することなど造作もないことでしょう。私が命じられたのは、あなたが異世界≪ガイア≫から来たことを確認できたら、我が主の元にお連れする。ただこれだけです。さきほどの長話の間に、あなたのことは≪鑑定≫させていただきました。問題ありません」


どうやら話をしている間にステータスを見られていたらしい。

種族は識別不能だったはずだから、スキル欄の異世界間不等価変換(ガイア→ルオ・ノタル)の部分で確認したのだろうか。


「問題ないなら、この建物の下にいる俺の仲間たちを呼びたいんだが……」


「許可されているのはあなた一人だけです。この都市に張り巡らせてある≪複層結界≫の拒絶により外で困り果てている魔道士たちも、あなたのお仲間もできれば遠慮していただきたい。最も……、我があるじの了承を得られれば、≪箱舟≫内の侵入を許可しても良いですが、まずはあなた一人。我が主に会っていただきたいのです」


エルヴィーラは扉横の板状の何かに掌を合わせた。

その板状のものは小さいドット上のカラフルな光を明滅させ、それに呼応するかのように扉から青白い光が走りエルヴィーラの全身を包んだ。

頭頂から足先にかけて、青白い輪のようなものが上下する。


「さあ、行きましょう。こちらです」


エルヴィーラはそのまま扉のある場所を透過し、その向こうに消えていった。


クロードが恐る恐る扉に手をやると、まるでその場に何もないかの様に突き抜けてしまった。

意を決して、扉の奥へ進む。


扉を透過し、出た先は殺風景な箱の中のようだった。

元にいた世界のエレベーターのような物なのだろう。

下に降りてゆくような重力を感じ、それがしばらく続いた。


今度は両開きのドアのような物がちゃんとあってその脇にはおそらく今いる階層を示すものであろう古代言語であるらしい数字が並んでいた。

どうやら地上四十五階、地下十五階の建造物であるらしい。


程なくして体に感じていた浮揚感が消え、両開きの扉が開いた。


出た先は殺風景な通路だった。

左右の壁には時折、扉があったがエルヴィーラはそれらに目もくれず真直ぐ長い通路を進んでいく。


やがて通路の先の行き止まりの壁にある金属製の扉の前に行くと先ほどと同様に扉横の何かに掌で触れた。


「さあ、≪理外りがいの者≫……、いえクロードと呼ばせていただきましょう。我が主がお待ちです。中へどうぞ」

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