第268話 被召喚者

「ちょっと、待ってくれ。なぜ、俺がデミューゴスと同じなんだ?」


エルヴィーラの言葉に思わず声を大きくしてしまった。

一応使っていた敬語も忘れて、タメ口になってしまった。


「この世界に転移するための対価たいかを払わずにこの世界にやって来たもの……すなわち≪理外りがいの者≫という括りにおいて、同じだと言っているのです」


「対価を払っていないというのがよくわからない。俺はこの異世界に来たくてやって来たわけじゃない。気が付いた時、すでにこの異世界にいて、右も左も分からずに知らない夜の森を彷徨っていた。≪異界渡いかいわたり≫というのは、この世界の住人を供物として他の≪世界≫の神との取引によって、召喚された者のことを言うのだろう?違うのか? 」


「そうです。他の≪異界渡り≫とあなたは違う。あなたは召喚されたのではなく、何者かの意図により送り込まれた。≪異界渡り≫は神々の合意のもと、向かう先の≪世界≫に適した肉体を与えられ、加護やスキル……そうした様々な恩恵を授かった状態でやって来る。それゆえに、送られた先で見舞われている危機の数々に対抗するための切り札的存在になり得るのです。だがあなたの場合は、元の世界の肉体のまま、この≪世界≫にやって来た。空気中の構成物質、魔力、肉体を縛る重力など、まったく異なる環境に放り出されたあなたの肉体は適応のため、多大な負担を受けたはずです」


そうだ。

転移してきた日の夜に、異常な高温と体調不良に陥っていた。

全身の骨と関節が軋み、筋肉が異常な熱を発しながら激痛に耐えた。


「長きにわたり、デミューゴスの動向を注視していた私は、幸運にもあなたがこの異世界に送り込まれてきた時の一部始終を目撃することになりました。おそらく当事者であるデミューゴスやその眷属たちよりも事態を客観的かつ正確にとらえることができたのです。デミューゴスの召喚儀式は、外部からの介入により失敗し、被召喚者は死亡した……かに見えました」


ここまでの話は、デミューゴスの話と一致している。

だが、「死亡したかに見えました」とはどういうことだろう。


「被召喚者は最初から魂魄 を持たぬただの肉人形ダミーだったのです。デミューゴスたちは何も疑いを持たなかったようですが、肉体に内包する精神エネルギー量を測る術を持つ私たちの目はごまかせませんでした。デミューゴスの召喚儀式はルオネラを介したもので、相対したであろうルオネラが交渉相手の神にあざむかれたとしか考えられませんが、これはおおよそ神々の間ではあってはならぬこと。何より儀式の成立のためには等価交換の≪理≫を満たさねばならず、そうでなければ異次元間をつなぐゲートが閉じないので不正はすぐに気が付かれる仕組みになっているのです。およそ同等とみなされるエネルギー量の移動が終わらなければ、儀式は終了しない。異世界間トレードにおける≪理≫の反故は、黄金律の乱れを引き起こすため、さらに高位の神々により罰を受けることになります。そのようなリスクを負ってまで神々がそのような行いをするとは誰も考えていなかった。そうして皆の油断をつくようにして、魂魄 を持たぬ肉人形の転移のタイミングとかぶせる形で、あなたはこの≪世界≫にやって来たのです。誰にも気が付かれることなく密やかに。肉人形ダミーはルオネラたちの手に渡る前に、何者かの妨害に遭い、事故による死亡ということで片づけられたことも、あなたを送り込んだ存在にとっては好都合であったと思います」


「少し待ってくれ。だが、話の通りであるなら、召喚儀式に用いられた供物の対価としては、肉人形ダミーではなく、俺が実際に転移してきたわけだから、等価交換でいいんじゃないか。その……≪理外の者≫とやらには当たらないんじゃないか?実際、異次元を繋ぐゲートは閉じたんだろ。違うのか? 」


「ゲートは確かに閉じました。供物にされた座標52317 、132429の住人、一万五百二十八名とあなたの存在が釣り合うとみなされたからでしょう。ここまでは問題がなかった。だが、そのあと驚くべき変化が起きた。転移後のあなたの肉体は、周囲半径十万クヌータルに及ぶ広範囲の魔力や根源物質はおろか供物とされた人々の精神エネルギーの残りかすのような物までを取り込み、作り変えられていったのです。肉体の変異にとどまらず、最初この異世界に現れた時の何倍もの内包エネルギーの上昇が見られました。その後も私たちの観測では十一回。あなたに何者かの干渉があったことが確認されている」


十一回の干渉というのは≪恩寵レベルアップ≫のことを言っているのか。

確かに少し仕様が違うものの、この世界の住人も、≪機械神ゲームマスター≫とやらによる≪恩寵レベルアップ≫があるというし、何か問題があるというのか。


そして、この世界に来てからずっと見知らぬ第三者に観察されていたことに驚かされた。


「どのような方法を用いたのか私にもわかりませんが、≪異界渡いかいわたり≫が転移後、元の世界と依然としてつながりを持ち、しかもその力を、この世界の安定と均衡を乱すほどに増幅させるなど前代未聞ぜんだいみもんのこと。そのことをもってしても、まさしく≪理外りがいの者≫と呼ぶしかないのではないでしょうか」


頭の中が混乱してきた。

一対一で交換したものが、交換後、気が付いたら何倍にも増えてきて、驚いているとかそういうことを言いたいのであろうか。


どちらにせよ、自分があずかり知らないところで起こっていることだ。

何が起こっているのか一番知りたいのは自分なのだ。


表情を変えずに淡々と話し続けるエルヴィーラは、話をどこに着地させたいのであろう。

そして、どこまで自分が知らない事実を知っているのか。

いずれにせよ、この出会いがもたらす何かが、自分の今後の運命を大きく変えてしまうような、そんな予感がした。

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