第267話 等価交換乃理

上空にあった≪ルオ・ノタル≫の顔が消えると、辺りの風景が再び様相ようそうを変えていく。


都市全体にきらめく灯りが消えてゆき、空を飛ぶ金属の箱のような物の姿も見えなくなった。

クロードが立っている建物の周囲に広がっていた美しい夜景が、夜の闇に沈む。


目の前の祭壇にあった魂結晶ソウル・クリスタルは輝きを失っており、亀裂が入っていた。

祭壇は、長い年月、風雨にさらされていたかの如く、色褪せ、損傷が酷い。



背後で微かな気配を感じ、振り返るとそこには全てが変わり果てた中にあって、唯一変わらぬ人の姿があった。


先ほどまで祭壇の前にいた異形の女性。


平たく後傾した額と発達した後頭部。

白銀の長い髪に、濃くあおい瞳。

ゆったりとした老緑のローブを身にまとい、細長く螺子ねじくれだった木の杖を手にしていた。


肌にしわなどの老化を示す変化はなく、年齢を読み取るための情報に乏しい。

長い年月生きていたという話であるから、相当な高齢であるはずだが、その外見からは妙齢の女性にも、少女のようにも見えなくはない。

何せ、人間の容貌ようぼうとは大きくかけ離れているので比較する対象がない。

胸部の膨らみと体型から女性であると推測しているがそれですら定かではない。


目の前の異形の女性は表情を変えることなく、こちらをじっと見つめている。


「あなたが、古代エルフ族の預言者にして、大魔道士と伝え聞くエルヴィーラで間違いないですか」


沈黙に耐えかねて、クロードは声をかけてみることにした。


「如何にも。外の世界で私が何と呼ばれているのかは知りませんが、私の名はエルヴィーラ。≪理外りがいの者≫よ、よく来ました。私はあなたを待っていました」


心の奥に沁みていくような透き通った声だった。


「待っていたというのは……、俺が来ることがわかっていたんですか」


「そうです。それが今日、この時であるかまでは確信が持てませんでしたが、そう遠くない未来、この場所で≪理外りがいの者≫と出会うことは、幾重にも分岐した予見される未来の中に織り込まれた≪≫だったのです」


「それは、予知ですか? あなたにはこれから先に起こることの全てがわかるのですか」


「そうではありません。私にわかるのはあくまでも可能性。それもあなたのような≪理外の者≫や外の世界からの要因が干渉しない条件下での話です。創造神≪ルオ・ノタル≫により織り込まれた≪運命フォーチュン≫……すなわち設定とそこから予測される現実世界の揺らぎの範囲内においてのみの話です」


「俺を≪理外の者≫と呼ぶのは何故ですか」


「それがもっともあなたを現すのに相応ふさわしい言葉だからです。この世界の外からやってくる異邦神や≪異界渡り≫たちでさえも、この世界に足を踏み入れる際には、この世界の≪理≫に従わなければならない。等価交換――それは例え異界の神のような超越者であっても、この世界に侵入する際には、自身と同等の対価を支払わなければならない。自身と同等の対価とは、すなわち己の全価値の半分。この地に流れ着いた漂流神たちが本来の力を思うがままに発揮できないのはこの≪理≫により力の大半を失うからに他ならない。この≪理≫により支払われた力は全て≪世界≫に注がれ、その器を大きくしていくことで、全ての存在がとどまり続けるのを可能にしているのです。ですが、≪世界≫が存在していくための絶対条件であるはずの、この≪理≫にただ二つの例外的存在ができてしまいました。それが、≪理外の者≫……あなたとデミューゴスです」


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