第261話 静

アヌピア都市遺跡の調査初日はとりあえず拠点野営地の場所探しと付近の探索から始めることにした。


アヌピアは、この異世界のほとんどの都市がそうであるように、城郭都市じょうかくとしの特徴を備えていた。

城壁で都市全体をぐるりと囲い、都市入場のための城門がある。


クロード達は、今はもう朽ちてその面影を残すばかりとなっている城門跡を眺めながら、アヌピアに足を踏み入れた。


アヌピアが滅びてからどれくらいの月日が経っているのかは定かではないが、今はもう屋根が残っているような建物は少なく、壁と柱の一部、そして建物の立上り部分が残っているだけになっているものがほとんどであった。


ただ、この残された部分だけ見てもアヌピアが、この異世界の他の都市よりもはるかに高度な文明ぶんめいを持っていたことがわかる。


城門付近の瓦礫がれきを見た時は気が付かなかったのだが、この都市の建物のほとんどが石造りではなく、コンクリートのような材質で作られていたのだ。


そのコンクリートのような材質のものには魔力が付与されているようで、そのことが長い年月にもかかわらず風化しない理由ではないかと考えられた。

魔道士であるシルヴィアであればもっと詳しくわかるのかもしれないが、クロードにはそれ以上のことは分からない。

経年劣化に強いようなので、≪強度強化≫や≪耐酸性≫などの効果が付け加えられているのかもしれない。


残された壁の断面を見ると鉄とは違う腐食に強いらしい金属が配筋されていて、今なお形を残している。


建物の構造的な特徴を見て、クロードはある場所を思い出していた。


「クロード、この建物に使われている奇妙な石のような材料、マテラ渓谷の遺跡群で見たものと似てないかしら? 」


どうやら、オルフィリアも同様の考えを持ったらしい。

彼女はコンクリート自体を知らないし、魔力を感知することもできないが、手で触れて得た質感、固さ、色味などからそう思ったようだ。


「まだ、断言はできないが何らかの関連はあるのかもしれない」


クロードの言葉にオルフィリアは無言でうなずいた。



おそらくだが、建物跡がこうした残り方をしているのは上屋部分は木やその他の建材で作られていたからではないだろうか。

朽ちるべきものは朽ちて、残るべき物だけが残った。

そう言う印象だった。


「ねえ、オルフィリア。こんな有様で何か得られるようなものはあるのかしら? 大規模な盗掘とうくつにあっている様子は無いようだけれど、あまり金目のものがある気配は無いわよ。赤字にならなきゃいいけど。私、心配」


闇ホビット族のカイティが心配そうな表情で早口に捲し立てる。


「魔物の姿も気配もないし、私の出番は無さそうかな」


竜人族の女戦士エドラ退屈そうな様子で、自慢の愛槍の柄で地面を二度叩いた。


ドワーフ族のガネットだけは、件のコンクリートようの物質に興味津々のようで食い入るように欠片を眺めていた。


三人三様の個性的なメンバーだなとクロードは思った。

この三人とオルフィリアがいかにして出会ったかは聞いていないが、自分が知らぬ間にこうして冒険をしていたのだと思うと少しほほえましかった。

そして気の合う女子四人のパーティに、やはり自分は邪魔な存在なのだなと納得した。



「見て、みんな!あれは何の建造物なのかしら。信じられないくらいに大きいわ」


オルフィリアが大きな声を出した。

彼女が指差す先には、黒ずんだ巨大な台形の建造物があった。

建造物の形は≪天空視てんくうし≫で確認してみると四角錘台の形をしていることがわかり、その頂上には小さな塔屋と何かの祭壇のようなものが見える。


建造物は、アヌピアの都市のちょうど中心地にあり、一行はとりあえずその場所を目指すことにした。



「おい、オルフィリア。はしゃぎたいのは分かるが先行しすぎると危ないぞ」


エドラが慌てて、オルフィリアを追いかけ、注意する。


「大丈夫よ。人影どころか、鳥や小動物だって見かけないわ」


二人の声と皆の足音、荷馬車の車輪がたてる音だけが静寂に包まれたアヌピアに響いていた。


おかしい。静かすぎる。

気が付くと、アヌピアに足を踏み入れるまでは聞こえていた風の音すら聞こえなくなっていた。


クロードも念のために≪危険察知≫のスキルで周囲を警戒しているが、今のところ何の反応も出ていない。

それどころか、五感強化で研ぎ澄ました聴覚をもってしても、自分たち以外に音をたてる存在を見つけることは出来なかった。


人工的な静けさ。


そんな感じだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る