第258話 両刃剣身

アヌピア都市遺跡への出発を控えた前日の午後、クロードはバイゼルの工房を訪れることにした。


バイゼルに託していた例の剣が完成しているのであれば、今回の遺跡調査にもっていこうという考えであったのだが、果たしてどうであろうか。


工人街区の賑やかな路地を進み、バイゼルの工房にたどり着くと日暮れが近いこともあり、門弟たちは片付けや各自の仕事に追われているようであったが、クロードの存在に気が付くと、手を止め、応対してくれた。


工房の休憩所に腰を落ち着け、出してくれた飲み物に口をつけていると、ほどなくして、門弟の一人が奥からバイゼルを連れて戻ってきた。


バイゼルの両の手には、革製のシースに納められた一振りの長剣がかかげられており、その表情はとても誇らしげに見えた。


「クロード様、お待たせして申し訳ありませんでした。ご依頼の剣はこの通り。我が生涯最高の一振りに仕上がりましてございます。ぜひ、手に取ってお確かめください」


クロードは、バイゼルに勧められるまま、長剣を受け取り、革鞘から剣身けんしんを抜いた。


真っ直ぐ伸びた両刃の剣身は、滑らかで均一な表面であるにも関わらず、見る向きによってまるで違う顔を見せる模様のような光沢を帯び、室内のランプの光の欠片をまとっているように見えた。


しかもこの剣からは微量ながら魔力と神力が感じられ、その二つを認知できる者にはまた違った印象を与えることだろう。


クロードは皆に少し離れるように言い、その長剣を軽く振ってみた。


さすがは名工バイゼルといったところであろうか、グリップも手に吸い付くようで、剣身と柄頭ポンメルの重量のバランスが絶妙なのか、とても振りやすい。


使用感も元の≪魔鉄鋼まてっこうの長剣≫を上回る出来栄えだった。


「魔鉄鋼と比べると、軽く、粘り強い。その分切れ味が落ちるのではないかと心配しましたが、杞憂きゆうでした。この≪鋼≫には凡百の金属にはない不思議な力が宿っているようで、その力が物質としては説明がつかない刃としての性能を発揮しているようです。人の手を離れると静寂しじまのような落ち着きがありますが、一度柄を握ると剣としての本性を現す。試し切りの際に感じましたが、まるで意思を持っているかのようなそんな印象がありました」


なるほど、確かに柄を通じて、自分の意思がこの剣に伝わっているような言いようのない感覚がある。

魔鉄鋼まてっこうの長剣≫に魔力を纏わせた際、≪切断≫など様々な心像ヴィジョン具現化ぐげんかさせていたことも影響しているのだろうか。

この刃ならばどんなものであれ、斬ることできるという、そんな予感をいだかせられる。


「バイゼル、苦労をかけた。ありがとう」


勿体もったいなきお言葉。我らドワーフ族の古い伝承に、神々が自ら鍛えたという幻の金属≪神鋼しんこう≫という金属が出てきますが、これがそうなのかもしれないと思わせる至高の≪はがね≫でした。このような≪鋼≫と槌を通して向き合えたこと、ドワーフとしてこの上ない幸せでありました。クロード様には私の方から礼を言わねばなりません」


クロードは長剣を革鞘に戻すと、バイゼルと固く握手した。


それにしても≪神鋼≫か。


魔鉄鋼まてっこうと区別する必要があるほどに特徴を異にするこの金属を何と呼べばいいか考えてみたが、≪神の火≫がきっかけで生まれた金属ということで、そのまま≪神鋼≫という名を使わせてもらうことにしよう。


神鋼の剣。


いい歳をして、少し中二病を疑われてしまうかな。





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