第257話 考胸奥不穏騒

クロードはゲイツとの対話を打ち切り、その後は建設大臣を担ってもらっている闇ドワーフ族の族長の長子クロームと財務大臣アラサールを呼んで、首都アステリアの建造計画の進捗しんちょく予算変遷よさんへんせんの報告を聞き、今後の計画変更の必要性や諸案件の許認可にまつわる政務を処理した。


その後、執務室に一人になったクロードはアヌピア都市遺跡への出発の準備をしつつ、ゲイツとの会話の中身について考えていた。


あのゲイツという老人のことを考えると胸の奥が不穏ふおんざわめく。


ゲイツには、内心につのる不快さをこらえながら、「元の世界に戻れるようにできうる限り協力する」と当たりさわりのない返事をしたが、現時点ではそれで十分な回答であったようだ。

ゲイツは冷静さと落ち着きを取り戻し、「興奮して悪かった。当面は整理作業に専念するよ」と謝罪の言葉を口にしていた。


クロードが気になっていたのは、リタの≪鑑定≫スキルですら知りえなかったEXスキルなどの項目をゲイツが知るすべを持っていたことであった。

おそらく、ゲイツも自分と同じく、リタの認知しえないスキルを持っている可能性がある。


リタに全スキルを調べさせたことでゲイツを無害であるとみなしていたが、他にも隠された能力がある可能性を考えると、もっと注意する必要があるかもしれない。


警護と称し、監視の目を増やすことにしよう。



ゲイツが自分の心の中を乱す要因がもう一つあることをクロードは気が付いていた。


元の世界に対する異様ともいえる執着心しゅうちゃくしん


これは今の自分にはないものだった。

いや、今というより、最初からあれほどの熱量は無かったのかもしれない。


自分も、元の世界に帰りたくないわけではないのだが、元の世界に残してきたものより、この異世界で得たものの方が大きく感じられつつある。

当初の、「自分はこの異世界にとって異物である」という漠然ばくぜんとした不安のようなものも消えつつあるし、親しいと思える人間も周囲にできてきた。


自分の居場所は、この異世界にもあるのである。


そして、何よりシルヴィアの存在が大きい。

シルヴィアのいない人生など考えられないし、彼女を置いて元の世界に戻るなど、今の自分にはもうできない。


ということもあり、名前ももうすでに思い出すことができない両親に対しては、親不孝ではあるとは思うが残りたい気持ちの方が大きくなってしまっている。


もし仮にゲイツが考えている方法とやらで、元の世界に帰れるだけの力を得たとしても自分はその方法を試みることはないだろう。



ゲイツとは協力的関係を表面上は保ちつつ、一層の警戒をするとして、今考えておかなければならないのは、やはりデミューゴスについてだ。


ゲイツから得た情報で、より深くあの男のことを知ることができたし、今後の対応や行動の予測がしやすくなった。


話を聞いた上で、やはりデミューゴスとは相容あいいれないことが再確認できたし、次、出会った時が決着の時になるだろう。



デミューゴスと争わなければならない主な理由は、私怨しえんと自らの居場所を守りたいという思いだけだ。


オイゲン老やヅォンガ。

この二人だけではない。

デミューゴスがいなければ、命を落としたり、傷ついたりする必要がなかった者たちの無念を晴らしてやりたい気持ちが自分の中には確かにある。


そしてデミューゴスが生きている限り、愛しいシルヴィアや周囲の親しい人たちにいつ魔の手を伸ばすかわからないという不安が付きまとい続ける。


この≪ルオ・ノタル≫の世界全体を救うためだなどという綺麗事は言うまい。


自分が幸せになるために、デミューゴスを排除したいのだ。







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