第256話 妄執独善傲慢老人

ゲイツは少ししゃべりすぎたのか、声がかすれていた。

クロードは給仕を呼び、二人分の飲み物を持ってきてもらうことにした。


「クロード、君は≪魂≫の存在を信じるかね」


運ばれてきた飲み物でのどを湿らせた後、出てきた第一声がこれだった。


霊魂だとかそう言ったオカルトのたぐいの話であろうか。

クロードとしては二度も肉体を失い、その状態でも自我を保っていたという体験があったので、全く馬鹿にした話ではないが科学者であるゲイツの口からその単語が出て来ると妙な違和感を覚える。


「いきなり何の話をしてるんだという顔だな。無理もない。私自身この世界に来るまで、完全な否定論者だった。だが、いいか、≪魂≫あるいはそれにあたるものは存在する。その前提でなければこの異世界では説明できないことが多すぎるんだ」


「ゲイツ博士、話が見えないのですが……」


「そうか、すまない。では、とりあえず≪魂≫というものがある前提で話を聞いてくれ。私が考えるに≪魂≫というのは意志を持ったエネルギー体のようなものだと私は考えているんだ。このエネルギーを私は霊子れいしエネルギーと名付けたのだが、このエネルギーは全ての存在……、人間はもちろんのこと植物、はては鉱石などの無機物にまで微量ながら存在していると私は考えている。意志を持つにはある程度まとまったエネルギーが必要だと考えられるが、この法則は私や君がいた世界でも同様に通用するものだと今は考えている」


「話が見えてきませんが……」


「論点を変えよう。君はこの異世界と自分がもともといた世界は繋がっていると思うかね」


「来ることができるくらいなので、つながっているのでは?」


「そうだ。全ての≪世界≫は繋がっているんだ。だが、行き来するには障害となるものが存在している。それが、神々すら縛る≪黄金律おうごんりつ≫と呼ばれるものだそうだ。数多あまたの個別の世界により構成されているより大きな枠組み、これを≪全体世界≫とすると、この≪全体世界≫は少なくとも現時点で分かっている限りでは三層以上に分かれていて、我らは今、その最下層にいる」


話が飛躍ひやくしすぎているのだが、自分が肉体から解き放たれた時のことを思い出すと何となくに落ちる。

火神オグンに肉体を消滅させられ、膨張ぼうちょうした自己の存在が外にあふれ出したとき、この惑星を離れ、はるか遠い星々の先にまで行くことができたという不思議な体験。

あれは夢や妄想もうそうではなかったはずだ。


「これはかつてデミューゴスが試みたことなのだが、生身の肉体を捨て、我らがいる世界とはひとつ上の階層次元に行こうとしたんだ。だが、様々な存在を取り込み、たくわえた霊子れいしエネルギーのすべてをもってしても階層の壁を突破することは叶わなかった。デミューゴスは階層の壁の存在のほかに下の階層からくるものを阻もうとする複数の存在に気が付いたそうだ。そして、もしその存在を上回ることができるのであれば、上層への到達は可能だという確信も得たらしい。このこころみに至るまでに様々な方法を試し、そのために多くの人体実験をしてきた。あの魔石人間たちも従順なしもべを作り出すために造り出されたわけではないんだ。本当は階層次元の障壁を突破しうる強度の肉体を造り上げるために魔物の力を人体に宿らせる目的があった。見事に失敗したがね」


「ゲイツ博士、なぜ、そのような話を俺にするんですか」


興味深い話だが、デミューゴスの次の動きを読むのに必要な情報はもう十分得た。

特に思惑が無いのであれば、この世界がある次元の上階層に行くという話は時間がある時にでもゆっくり聞こう。


ルオネラを取り込むのを阻止しするためにも、残る≪九柱の光の神々≫を先に探し出し、保護する。

あるいは、デミューゴスの居場所を特定し、決着をつけ、ルオネラを奪還だっかんする。

これで全部問題が解決するのだ。


「話が長くなっているが、最後にこれだけは聞いてくれ。私がデミューゴスを見限り、君に協力する気になったのはある目的があるからなんだ」


「目的?」


「そうだ。デミューゴスの代わりに次元階層を隔てる障壁を越え、いつか私を生まれ育った≪世界≫に戻してほしい。計画ならもうできているし、君ならいずれそれができるようになるはずだ。私はそう信じているよ。君だって、元の世界に戻りたいんだろう。違うか? 私のスキルで、君の能力とスキルを見させてもらったが、その神力の総量と可能性はデミューゴスの先を行っている。所持しているEXスキルも非常に興味深い。≪亜神同化≫というスキルで、神々を取り込んだのだろう?」


ゲイツの目には、妄執もうしゅうにも似た異様な熱が帯びていた。


おかしい。

リタの話では、≪鑑定≫のスキルではEXスキルや神力などについては把握できないという話だった。

ゲイツが所持しているというスキルも確認させたが、同じ≪鑑定≫でレベルもリタと同じLV5であるはずだった。


ゲイツはよろよろと立上り、クロードの肩に手をかけた。


「頼む。首を縦に振ってくれ。そのためだけに、デミューゴスの言いなりになり、悪業あくぎょうにも手を染めてきたんだ。デミューゴスは自分の目的を果たしたら、私の願いなど反故にする可能性が高いが、君なら約束を守ってくれそうだ。約束してくれたら、私の持てるすべてを持って、君に協力しよう。君の王国に科学の恩恵を与える。約束するよ。数十年にもわたり、小さい子供から、大人まで罪のない人々を実験材料にしてきたのは何のためか。彼らのすがるような瞳が今も脳裏に焼き付いて消えないよ。彼らの犠牲を無駄にしないためにも頼む。頼む」


妄執もうしゅう独善どくぜん傲慢ごうまん

自らの願望をかなえるためとはいえ、他者の命を犠牲にすることを厭わない本性ほんしょう

話を聞くほどに、ゲイツのしわが刻まれた顔が醜悪しゅうあくなものに見えてきた。


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