第255話 奴

「どこから話すべきか……」


ゲイツは近くにあった椅子をクロードの方に運び、座るように勧めると自身も別の椅子に腰を下ろした。

長い話になる。

そう言う意図であろう。


クロードは椅子の向きをゲイツの正面に向けるとそれに腰を下ろした。


「そうだな。まず最初に君のことを何と呼ぶべきかな。ここの連中にならってクロード王と呼べばいいか」


「いや、あなたはアウラディアの民ではないし、好きに呼んでくれてかまわない」


「ふむ、だがこの城の者たちは、私が君を呼び捨てにすることを快くは思うまい。皆の前ではあえて、クロード王と呼ばせてもらうか。余計な恨みなど買いたくはないからな。私はこの通り非力な老人なんだ」


ゲイツは一瞬、お道化どけたような表情をした。


「デミューゴスは私に皆の前では≪大魔司教だいましきょう≫と呼ぶようにと命じていた。奴はあたかも俳優アクターが割りふられた役を演じるように幾つもの名を使い分けていたが、それは本当の名を持たぬ奴にとって名前というものはただの記号であり、少しの愛着も思い入れも持っていなかったことに起因すると私は考える」


「本当の名を持たないとは? 」


「そのままの意味さ。奴は……、おっと私がデミューゴスを奴と呼ぶのには理由がある。それはデミューゴスが男でも女でもなく、いや何と言えばいいかな……、は人でも、魔物でも、神というべき存在でもない。何者でも有り、何者でも無い存在を形容する言葉が無いから、便宜上そう呼んでいるのだ。奴が何者であるのかは、奴自身も知りたがっていた。奴は自らを実験材料として私に提供し、それを調べさせていたのだ」


「それで、結局、デミューゴスの正体は何だったのですか」


「だから言っただろう。形容する言葉が無いんだ。クロード、君にとってはデミューゴスという名がしっくりくるようだからあえてそう統一するが、デミューゴスの話では気が付いた時にはすでに奴はこの世界に存在していたらしい。奇妙な存在としてな」


「奇妙な存在とは?」


「奴の話だから何とも言えないが、奴自身も正体を知りたがっていたわけだから、嘘ではないだろう。デミューゴスは、最初、手足はおろか目や鼻や耳すら無い醜い肉の塊のような存在であったのだという。大きさは両の掌に乗るほどで、とある森の中の湿った地面の上に、ただ置かれていたらしい。皮膚さえ持たず、全身の疼くような痛みに耐えながら待っていると、やがて四つ足の獣に捕食され、気が付くと自分を食べた獣自身になっていたらしい。なんというか、科学的ではない話だろう?」


科学的、非科学的ということはもうこの際、関係が無い。

魔道だの、神力だの言っている時点でこの世界はそうした物理的法則などからはかけ離れてしまっている。


この≪世界≫には、この≪世界≫を作った神なりののようなものが存在していて、それゆえに他の≪世界≫から来た≪神≫はその力を振るう上である程度の制約を受けてしまうようだ。


これは火神オグンや石神しゃくじんウォロポを取り込んだからわかることだが、天空神ロサリアから得た≪御業≫と比べると消費する神力も大きく、効果も制限を受けている感覚がある。


「私も自分自身を納得させるのに時間がかかったが、デミューゴスの体を調べるうちに信じる他はないという結論に達した。奴は自分を捕食した存在、または自らが捕食し取り入れた存在そのものになることができるし、特定の姿を取ったまま、取り込んだ存在の力を自在に使うことができる。今の奴の姿は、グルノーグという魔道士の形をとっているが、普段使いしているところを見ると、どうやら随分と気に入っているようだな」


「存在という言い方をしているところを見ると取り込む対象は生物だけではないのか」


「そうだ。そこが奴の恐ろしいところなのだが、取り込む対象は、生物に限らず魔物からこの世界に流れ着いた漂流神ひょうりゅうしんまで何でもありだ。ただ、あまりに自分より大きな存在を取り込んでしまうと自分が消滅してしまうという体感をデミューゴスは感じているようだった。それゆえに、ルオネラを取り込まずに手元に置いている。自らが力をつけ、ルオネラを取り込める状態になるのを待っておるのだ。そのためにはこの世界の創世神であるらしい≪ルオ・ノタル≫の切り分けられた分身である≪九柱の光の神々≫を取り込む必要があるらしい」


なるほど、この話が本当であるならば、女神ロサリアがデミューゴスの前に立ちふさがってくれたのは幸運であったかもしれない。

≪亜神同化≫は自らの意思で発動させるスキルではないようなので、もしデミューゴスが≪亜神≫に該当するようであると取り込んだ後に何が起きるのかちょっと予測がつかない。

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