第248話 賓客級

ゲイツにはイシュリーン城の居館パラスにある空き部屋をひとつ与えることにした。


屋上から行くことができる居館パラスはザームエル統治下には主だった家臣たちを住ませていたようだが、今はそのほとんどが空き部屋になっていた。

リタ、オロフ、ドゥーラ、ヤニーナ、ネーナなどは今も尚この居館に住居を構えているが、新たな住人が一人増えたところでまだまだ余裕がある。


要望があった研究施設は城の敷地内にある、今は使われていない古い家畜小屋を改装して使わせることにした。

建物の由来を聞いたゲイツは「私は家畜か」と文句を言っていていたが、十分な広さとドワーフの工人に頼んで要望通りの出来栄えにすることを約束するとようやく納得したようだ。


さらにゲイツはデミューゴスからの報復をかなり恐れていたので、シルヴィアに頼み、白魔道教団から一人護衛についてもらう他、闇エルフ族の衛兵を一人つけてやるなど警備面の要求も満たしてやる必要があった。


虜囚というよりは、まさに賓客級ひんきゃくきゅうの扱いである。



虜囚といえばマルティヌス枢機卿すうきけいはどうなったのか。

マルティヌス枢機卿を懐柔し、魔境域に対する敵意を和らげてもらおうという算段だったのだが、精神に異常をきたしたかのような姿を見てそれを断念したまま、放置していたのだ。


自分が彼の存在を完全に忘れていたことに気が付き、慌ててヤニーナの元を訪ねると「殺すなとの仰せでしたので、生かしておりますよ」と笑みを浮かべながら答えた。


「あの男からしばらくソニャを遠ざけることにしました。もう子種は十分に得られたようですし、何より殺すなというご命令でしたので蕩源香とうげんこうも使用しておりません」


蕩源香とうげんこうがどんな物であるのか。

子種が十分に得られたとはどういう意味だったのか。

尋ねたところで悩みの種が増えそうな気がしたのでこの場は聞き流すことにした。


またヤニーナの妖艶な笑みの意味を考えると恐ろしい気がしたが、実際、マルティヌス枢機卿と会ってみるとそれが杞憂であることが分かった。


「クロード殿、いやクロード様。後生です。どうかソニャに会わせてはくださいませんか。ソニャがいなくては日が昇ることもなく、沈むこともない。お恥ずかしい話だが、私は今まであてがわれた女性を快楽の道具のようにしか見ていなかった。だが、ソニャと出会い、真実の愛に目覚めたのだ。ソニャのためならば我が命を捧げても惜しくはない」


前回会った時とは異なり、目は焦点が合っていて、比較的落ち着いた様子だった。

軟禁される前の脂ぎった印象と比べると、外見も少しスッキリして、以前よりはむしろ健康そうに見える。


「ソニャに会わせるかどうかは、あなた次第だ」


まるで恋人を人質をとった悪役にでもなった気がして、気が引けたが目的のためであると自分に言い聞かせる。

ソニャを引き合わせたこと自体、こちら側のたくらみの一端だと知ったらどれだけ傷つくかなど、もともとのマルティヌス枢機卿の素行の悪さを考えたら後ろめたさを感じる必要はないはずだが、あまりいい気分ではない。


クロードは、ひとまず教皇が聖女アガタに殺されたこと、征討軍が撤退し、神聖ロサリア教国は混乱の極みにあることを伝えた。


「それで私に何をやれとおっしゃるのですか」


「正直に言うと征討軍が撤退したことで事態が収拾し、このままあなたを魔境域に留めておく必要が無くなった。我々としてはルータンポワランに戻ってもらって結構だ。それほど月日が経っているわけではないし、枢機卿であるあなたには帰るべき場所がまだあるはずだろう」


「つまり、人質として用済みということですか。ソニャは、連れていってもかまいませんか。私たちは愛し合っている。引き離すようなことはしないでほしい」


「本当のことを言うとソニャは人族ではない。あなた方の教義でいうところの滅ぼすべき亜人だ。差別や偏見が強い神聖ロサリア教国では二人は暮らせない。あなたがすべきことは、母国の混乱を静め、ロサリア教徒を正しい道へ導くことだ。亜人への偏見を正し、魔境域への敵意を和らげて欲しい。それが叶ったなら、ソニャの気持ち次第だが二人が穏やかに暮らせる日が来るかもしれない」


数日後、ようやく納得したマルティヌス枢機卿を≪次元回廊≫でルータンポワランに送り届けることになった。








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