第246話 顔地伏咽後

何かを察してデミューゴスたちがこの施設に戻ってくる可能性もゼロではなかったので、詳しい話を聞くのは後回しにすることにした。


ゲイツ博士の身柄みがらは本人の希望もあり、イシュリーン城に移されることになった。


ゲイツ博士が投降の際に出した条件は三つ。

デミューゴスの魔の手が及ばぬ場所での保護、衣食住の保証、そして研究場所の提供だった。


ゲイツ博士はデミューゴスによる口封じを恐れており、この場所に置いていかれることは死よりも酷い結末を意味すると訴え続けていたので、可哀そうになりこの条件を飲むことにした。


ゲイツ博士の持つ情報や知識にも興味があったので、その開示とアウラディア王国に対する協力を交換条件にもちかけたところ、あきらめた様子で首を縦に振った。


「私は他の≪異界渡り≫たちと比較しても、自衛のためのスキルをほとんど所持していない。正直言って、身体能力もこの異世界のごく普通の住人たちよりほんの少し勝る程度だ。徒党を組まれれば命を守ることすら危うい。私は何者かの庇護を受けなければ生きられない哀れな老人に過ぎないのだ。そのことを念頭に置いて、警護してくれよ」


ゲイツ博士は自分の持つ情報によほどの自信があるのか、話がまとまると早速、色々と注文を付け始めた。


自身の研究成果をまとめた資料、研究のための機材、持ち運び可能なサイズの設備をイシュリーン城に用意することになった研究室に運び入れることを強く要求してきたので、仕方なく≪次元回廊≫で一度アステリアに戻り、運搬のための人手を連れて戻ってきた。


魔石人間と彼らが納められている容器、関連設備についてはどうするのか尋ねると、「それはデミューゴスに命じられてしたことだ。私は知らない」と口を閉ざしてしまった。


元々は普通の人間であったそうだし、まだ生きているという話なので、このままにしておくことは出来ないと思った。


根気強くゲイツ博士を説得し、魔石人間たちを容器から出す方法を尋ね、彼らも一旦イシュリーン城に運ぶことにした。


魔石人間の数は十一人。まだ若い二十歳前の男女たちだった。

元は何処からかデミューゴスが連れてきた少年少女たちで、身元などについては一切聞かされていないのだという。


ゲイツ博士によれば、彼らの魔石の定着は完了しており、容器から出しても死ぬことはないが、命令を受けなければ自発的に行動することもなく、もはや人間性を失っているので、通常の社会生活を送るのは難しいとのことだった。


デミューゴスは近年、魔石人間に対する興味を失っており、今いる十一人が「ラストナンバーズ」と呼ばれ、彼ら以降は製造されていないのだという。

当初は魔物の力を宿した人間がどこまでの性能を有しているのか、そしてその可能性について知りたがっていたが、この「ラストナンバーズ」たちに至っては、起動させられることもなく放置されたままで、この施設を訪れた際も話題に上げることさえしなくなっていったのだという。

デミューゴスの言葉を借りれば、が悪いのだそうだ。


ゲイツ博士は、放っておくか、一思いに殺してやった方が彼らのためかもしれないなどと言い捨てた。


「人の心が無いのか、あなたは。脅されたにせよ、彼らをこんな風にしてしまったのはお前だ。違うか」


まるで他人事の様に話すゲイツにクロードは気持ちが抑えきれなくなり、つい胸ぐらを両手でつかんでしまった。


軽い。枯れ木のような体だった。

ゲイツ博士は苦しそうに足をバタつかせると、「苦しい。殺さないでくれ」と哀願した。


「クロード様、それ以上は」


背後からのシルヴィアの声に冷静さを取り戻すことができた。

どうにも最近、自分の内側から湧き上がるような強い怒りを感じることが多くなった気がする。以前の自分はもっとサラッと生きていて、こうした出来事に不快感を感じることはあっても義憤ぎふんのようなものを感じるほどではなかった気がする。


手を放してやると、床に四つん這いとなり、顔を地に伏してむせた後、ゲイツ博士は独り言のように心境を吐露とろした。


「私を責めないでくれ。良心の呵責が無いわけではないんだ。だが、私だって好きでこんな世界に来たわけではない。こんな老いさらばえた姿で歳をとることもなく、生き続けなければならないんだ。言いなりになる他は無いじゃないか。元の世界に戻る方法を見つけるまで死ぬわけにはいかないんだよ、私は」


元の世界に戻る方法。


ここにも一人、元の世界に戻ろうとあがく人間がいた。


そのことに一瞬、嬉しいような気持ちがよぎった。


だが、その一方で、自分は今、ゲイツ博士と同じほどに元の世界に戻りたいと考えているのだろうかという疑問が心の中に存在していることに気が付いてしまった。


クロードはゆっくりと振り返り、愛しいシルヴィアの顔を見た。

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