第245話 以後四十年以上
老人がいたのは寝台一つに最低限の家具などが備えてある小部屋であった。
広さはビジネスホテルのシングルほどで、綺麗に片付いており、物自体があまり無いのでどこか寂しい印象であった。
置かれている家具を見ても簡素で、装飾が凝ったものなどは置かれていない。
趣味がわかりそうな物や生活感がある小物などもなく、寝泊まりするだけの部屋という感じである。
「抵抗はしない。この通りだ」
老人は両手を挙げ、怯えた様子で自ら壁際の方へ行き背を見せた。
齢七十は越えていると思われるその背中は小さく、そして曲がりかけていた。
クロードはシルヴィアと顔を見合わせ、どうしたものかと困惑した。
暴れたり、明確な敵意を示す相手にはそれなりの対応をする気構えであったが、どうにも気が抜けてしまった。
クロードは抵抗しなければ危害は加えない旨を伝え、老人に少し話さないかと丁寧に呼びかけた。
老人はようやく安心したのか、小部屋を出て、隣の研究室にある丸テーブルの席に腰を下ろした。
飲みかけの黒っぽい液体が入ったカップを震える手で持つとそれを一口すすると大きく深呼吸した。
「それでお前たちは何者なんだ。これは大魔司教の指示か。奴はどこに行ったのだ。お前らは、私をどうしようというんだ」
矢継ぎ早に老人の質問が飛ぶ。
そして「大魔司教」という単語が出てきた以上、この老人はやはりデミューゴスと何らかの関係にあるようだ。
「大魔司教は
「逃げただと。私を置いて? この施設を放棄して逃げたというのか。誰から逃げたというんだ。お前たちか?」
老人は信じられないという様子で何度もクロードとシルヴィアの間を視線で往復した。
「そうだ。だから、奴はもうここには戻ってこない。今度はあなたのことを聞かせてくれ。あなたは何者で、ここで何をしている。できれば拷問などはしたくない。正直に話してくれないか」
極力、無表情を努め、拷問という単語をわざと出した。
老人は少しの間、考え込むふりをし、そして口を開いた。
「私はゲイツ。ゲイツ博士とでも呼んでくれ。私は大魔司教に脅され、彼の求めるままにここで様々な研究をしている。彼は私の支援者でありながら脅迫者でもある。自分の研究を続けるためには彼の命令に従うしかなかった。ただそれだけの間柄だ」
「大魔司教に忠誠を誓っているわけではないのか」
「忠誠? とんでもない。無理矢理こんな低俗な世界に連れてこられて、馬車馬のように働かされている。私に力があれば、もうこんな所とっくに逃げ出しているよ」
ゲイツ博士と自ら名乗った老人は眼鏡の位置を直し、ため息をついた。
「無理矢理この世界に連れてこられたということは、あなたも≪異界渡り≫なのですか」
「ああ、そうだ。こことは異なる世界の≪ジャクソン≫という惑星から、大魔司教に儀式で召喚され、以後四十年以上、≪使徒≫などと呼ばれ、服従させられている。あの男の命じるまま、ひたすら研究を続けてきた。だが、おそらくそれも近いうちに終わる。知りすぎた私を大魔司教は生かしておかないだろうからな」
「知りすぎた? 」
「私しか知らないあの男の秘密が多くある。いや、あの男自身も知らない秘密を私だけが知っていると言っても過言ではないと思う。お前が何者なのかはわからないが、大魔司教と敵対しているようであるし、その秘密がその手に渡ることなどあの男は決して許さないだろう。地上の施設が廃墟になっているという話だったが、なぜその時、一緒に私もろとも地下の実験施設を破壊しなかったのか不思議でならない。待てよ……、ああそうか、あの男自身も知りたかったのだ。自分がいったい何者であるのかを……」
ゲイツ博士の話は途中からぶつぶつとした独り言のようになっていき、やがて沈黙した。
どうやらクロード達の存在は頭の中から消え、自らの思索に没頭し始めてしまったようだった。
この老人しか知らない、デミューゴス自身も知らない秘密とは一体何だろうか。
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