第244話 小

地下階段を降りた最初の部屋が製造プラントだとすれば次の部屋は研究室兼記録室とでもいうべき部屋であった。


やはり人感じんかんセンサーでもついているのか、入室と同時に照明がつく、空調でもあるのか機械の作動音のようなものが聞こえ出し、空気の流れが感じられる。

電気によるものなのか、それとも違うエネルギーによるものかはわからないが施設内の動力はまだ完全に生きているようだ。


外部には室外機しつがいきのような施設はなかったし、如何なる造りになっているのかはわからないがともかく出入口が封鎖されても生存可能な設備は整っているようだ。


三十畳ほどの広さの室内には机が二つ。

その片方には、パソコンの薄型モニタのようなものと奇妙な機械が置かれており、その周りには乱雑らんざつに大量の紙が散らばっていた。


壁一面に造りつけられた書棚にはびっちりと本や紙の束が収まっており、その中の一冊を手に取ってみたが、未知の言語で書かれており、読むことができなかった。

≪多種族言語理解≫と≪古代言語理解≫のスキルを所持しているにもかかわらず読むことができないということは、どういうことであろうか。


部屋の片隅にあるものに思わず目を奪われた。

巨大で半透明な石が金属の台座のようなものに設置されていたのだ。

その石は大きさこそ二回りほど小さかったが、マテラ渓谷の遺跡群いせきぐんで発見した魂結晶ソウル・クリスタルと酷似していて、そうであるならばルオの≪三界≫にはここから干渉してきていたのかもしれない。

ちなみに魂結晶ソウル・クリスタルはすでに光を失っており、どうやら使用不可能であるようだ。


この研究室のような部屋がデミューゴスのものである可能性がまた少し高まったが、そうであるならば、このもう一つの机は誰のものなのであろうか。

聖女アガタ……あの女はこうした設備とはイメージが合わない気がする。


「クロード様」


シルヴィアが小声で俺を呼んだ。

休憩用あるいはミーティング用と思われる丸テーブルの上に飲みかけの飲み物が入ったカップと数枚の紙を発見したようだ。


カップの中の飲み物はまだ湯気を発しており、器はまだ温かかった。


誰かいる。


クロードは五感をスキル≪五感強化≫により研ぎ澄まし、周囲を見渡した。


左手奥に扉のようなものがあり、その扉の向こう側から、荒い呼吸音と心音、そして爪を噛むような音がわずかに聞こえた。


クロードはシルヴィアに向かって、口の前に指を立ててジェスチャーすると足音をたてないようにして扉の前に移動した。


これまでの全ての扉がそうであったが取っ手のようなものはついておらず、ひょっとしたら生体認証のようになっていて、自動で開く仕組みでもあるのかもしれない。


扉向こうの音の聞こえ方からするとどうやら防音処理が施されているようであるから、こちらから外に出て来るように呼び掛けても聞こえないかもしれない。


クロードは手加減しながら何度か扉を殴りつけ、先ほどよりは丁寧に扉を壊した。


見る見る固い金属の扉は形を変えそして向こう側に外れて、落ちた。


「ひいっ、やめてくれ。誰だか知らないが敵意はない。暴力はやめてくれ」


扉の向こうにいたのは、眼鏡をかけた小柄な白衣姿の老人だった。

頭部は禿げ上がり、側頭部のみに伸ばし放題の白髪が張り付いている。

しわだらけの顔は痩せて、シミのようなものが目立つ。


老人は身をかがめ、怯えきった様子でクロードの方を見ていた。

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