第241話 情報収集

自我が消滅する直前まで自らの信徒たちのことを気に掛けていた女神ロサリアを取り込んだ影響だろうか。

それともあの狂乱に満ちたあのルータンポワランの夜が自分の心の奥底に何かしらかの強い印象を残したせいであろうか、魔境域に迫る征討軍の脅威が去った後も、あの街の人々がこれから先、どのような運命をたどるのか気になって仕方がなかった。


デミューゴスの一味が完全に手を引いたのか確認したいこともあって、クロードはイシュリーン城帰還後も、≪天空視てんくうし≫と≪次元回廊じげんかいろう≫を併用し、神聖ロサリア教国の様子を何度か見に行っていた。


亜人蔑視べっしが酷い国民性であることから魔境域の者たちやオルフィリアを連れて行くわけにもいかず、ルータンポワランへ赴くときには自ずとシルヴィアとの二人連れになった。



神聖ロサリア教国の首都ルータンポワランは半月ほどが経った今も混乱の中にあり、人々は長期間にわたる洗脳が解かれたことにより知った現実を受け入れられないようであった。


急死した教皇の葬儀もまだ行われておらず、教皇の座は空位のままだった。

教皇の死因が首の外傷による他殺だったこともあり、これを聖女アガタの失踪と絡めて考える者たちも多くいて、教皇庁はその者たちからでる根も葉もある噂の火消しに手いっぱいらしい。


古くから伝わる女神ロサリアの教えを上書きする形で、聖女アガタを象徴とする新約聖書への転換を推し進めていた最中の醜聞しゅうぶん、大事件であったのでロサリア教を信仰する者たちの教皇庁に対する怒りと反発は凄まじく、日々の礼拝などの催しもできぬ有様であった。


こうした首都の混乱の様子を王宮はどうすることもできず、治安維持のための衛兵による巡回を増やすに留まっていた。


市井の人々の話では、神聖ロサリア教国の国王マクマオンもこの状況を憂いているそうだが、王宮も聖女アガタによる洗脳解除後、次々と発覚した醜聞や問題の処理で身動きが取れないのだという。


国王マクマオンや他の王族、王宮内の人々による淫蕩いんとうの限りを尽くした行いの結果、発生した諸問題は口にするのもはばかられるようなものばかりで、こうした話が庶民の耳にまで届くこと自体、王宮の風紀の乱れと権力の弱体化を証明するものではないだろうか。




一通りの情報収集が終わった後、クロードはシルヴィアと共にルータンポワランから東に位置する≪神の丘≫を訪れた。


以前から少し気になっていた場所であったが、例の鐘の音を使った集団催眠の範囲外であったこともあり後回しになっていた。


街の人々の話では、人身供犠じんしんくぎと称し集められた赤子をロサリア神の使徒とやらに育てるためだけに設けられた施設なのだということだったが、教皇庁がデミューゴスの影響下にあったことを考えると非常に怪しい場所であるし、彼らがここで何をしていたのかを解き明かす手掛かりが得られるかもしれないと考えた。


≪神の丘≫はなだらかな丘陵きゅうりょう地帯の上にたくさんの建物が立ち並び、あたかも一つの町のような場所であると聞いていたが二人が目にしたのは、全く別の光景であった。


「これは酷いな」


あまりの惨状に言葉を失う。

山火事による延焼なのであろうか。

なだらかで広大な丘陵に建てられた多くの建造物は周囲の林とともに焼失し、焼け跡には炭化した柱や瓦礫が残っているばかりであった。


幸いなことに、辺りを少し捜索してみても人影は無く、死傷者は見当たらなかったが小さな町一つ分くらいある建物の数で、ここに住んでいた人々はどこに消えたのか、謎は残った。


「クロード様、これを見てください」


シルヴィアが呼ぶ方へ行ってみると、巨大な溶岩の塊のような物が地表を覆っている。

よく見ると表面はガラス状になっている部分もあり、さらに端の方などは建物に使う石材の名残がそのままあった。


「これは何か凄まじい高温で溶かされたという感じでしょうか。元は石造りの建物か何かだと思うのですが、このように原型を留めないほどの火力となるといかなる手段でこれを為したのか、魔道士の私でも想像できません」


確かに建物の配置からしてもこの場所は、≪神の丘≫の中心地点であるし、何か重要な施設でもあったのだろうか。

この施設の運営にデミューゴスたちが関わっていたのだとすると、他者に知られたくない何かがこの建物にはあってそれを隠滅するためにこの一帯ごと破壊したと考えるのが妥当ではないだろうか。


それにこれほどの惨状を引き起こすことができる存在となるとそう多くはないはずで、ますますデミューゴスが関与していた可能性が高まった気がする。


周囲を見回してみるとこの溶けた巨大な石の塊に近いほどに建物の損傷や焼け跡が酷く、この建物を破壊するために行った行為の余波を周囲が受けたというのが正しいようだ。


「地下を魔道の術で≪探査≫してみましたが、この下に広い空間があります。どうされますか」


しゃがみ込んで地面に掌を当てていたシルヴィアが神妙な様子で訊ねてきた。






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