第239話 魔道士非魔道士


「シルヴィア、いるか」


「はい、ここに」


イシュリーン城に戻って来てからも夜が深まる時刻になるとシルヴィアを呼び、二人だけの時間を過ごすことが多くなった。


元の世界から、この異世界に転移してきて、もう少しで一年が経とうとしている。

顔見知りも増えてはきたが、どこかで自分はこの世界の異物であり、本質的な部分でひとりぼっちなのだという思いを抱えていたが、シルヴィアが傍にいるとこの異世界にようやく自分の居場所ができたような気持ちになり、心が安らいだ。


執務室と寝室が間仕切り壁の開口一つで繋がっている造りになっている自室には普段から≪透過≫などの能力による侵入を防ぐための魔力の結界を張ってもらっているが、その上に更に≪消音≫と≪気配遮断≫の結界を加え、城内の他者に悟られぬようにして逢瀬を重ねた。


このような関係になってからもシルヴィアは人前では特段甘えたり、態度を変えたりということはなかった。

クロード付きの魔道士としての事務的な態度そのままに、時々見せる態度の綻びと照れ隠しがどうにも愛しくて仕方がなかった。


クロードはシルヴィアに、二人の関係を公にした上で、王妃として自分を支えて欲しいと求婚した。


だが、シルヴィアは首を縦に振ってはくれなかった。


女性の魔道士、それもシルヴィアほどの域に達してしまうと、長きにわたる修行の日々により非魔道士の女性とはおよそかけ離れた肉体に変化してしまっているので、女性特有の生理的出血も年に一、二度であるなど生殖機能があるかどうかもわからないという話であった。


幼少の頃から摂取し続けている秘伝の薬や魔力塊を強化するための修行の日々がただの人間を魔道士に適した体へと変えていくのだそうだが、その過程で女性としての肉体的機能が弱まると考えられているらしい。

魔道士は非魔道士に比べ、成長や老化といった肉体的変化も緩やかであるらしく、そうした現象とも関係しているのかもしれないとシルヴィアは語った。


過去に女魔道士が妊娠し、子供を授かったという例もないわけではないが非常に稀で、世継ぎを授かる見込みのない自分が王妃というのはふさわしくないというのが彼女の言い分だった。


シルヴィアはこれまで通り白魔道士としてクロードに仕えるのが希望だとかたくなで、然るべき時に然るべき女性が現れたら、その女性を王妃として迎えて欲しいと表情一つ変えずに言った。


「クロード様、私の心と忠誠は生涯、貴方だけのもの。それでは不満ですか」


クロードはシルヴィアを王妃にすることをあきらめたわけではなかったが、説得するには時間が必要だと考え、ひとまず彼女の考えを受け入れることにした。







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