第233話 女神異聞異世界真実

女神ロサリアの話は、およそ三百年前の魔境域における神々の闘いのさらに前、≪九柱の光の神々≫が誕生した時代にまで遡った。


その頃、この異世界は四人しかいない古代エルフ族を、人族だけではない亜人も含む全人類の管理者として置いていた。


古代エルフ族と人族が交わって生まれたエルフ族が権勢をふるっていたが、長命であるがゆえに繁殖意欲に乏しく、高度な文明を有していたがゆえに新たなる変化を好まなかった。

一方、短命でありながらも繁殖力旺盛で適応力に優れた人族はその人口を爆発的に増やし始め、両種族のその立場が逆転しつつある時代だった。

増えすぎた人族は安住の地を求め、≪世界≫の隅々にまでその足を延ばし、各地で一層、その数を増やすことになった。



この異世界の創世神はその名を≪ルオ・ノタル≫と言い、≪九柱の光の神々≫もルオネラもその神から生まれたらしい。


「ちょっと待ってくれ。創世神はルオネラではないのか」


「はい。ルオネラは、我らと同じ≪ルオ・ノタル≫の身を分けたる兄弟神と言ってもいい存在です。もっとも我らと異なり、≪ルオ・ノタル≫の力の三分の一以上を有しているほか、その神格の一部を引き継いでいます。ルオネラが創世神だというのは、デミューゴスの欺瞞。誰もがあの男の掌で踊らされているのです」


確かに自分が聞いていた話とだいぶ違っていた。

女神ロサリアの話が本当であれば、白魔道教団の祖にして、クロードの魔力操作の師であるバル・タザルでさえもが謀られていたことになる。


この異世界を漂流し、少しは分かりかけてきたと思っていたこの異世界に対する認識を覆す真相、神々のみが知るこの異世界の真実。

それが今、女神ロサリアの口から語られているのだ。



創造神≪ルオ・ノタル≫は無から世界を創造する力を有する偉大な女神であったが、神々の中では比較的若く、新しい神であったので、知識や経験が乏しく、神としていかに≪世界≫を運営していくか悩みを抱えていた。

人族の人口爆発とその活動域の広さから、目が行き届かなくなることが増え、災害や疫病などによりその信徒たちの願いを十分に聞くことができなくなっていたのだ。


そこに付け込んだのが当時、自らを不遜にも≪神の教師≫と名乗っていたデミューゴスであった。


デミューゴスが本当は何者であるか、女神ロサリアも知らないらしい。

彼女が生み出された千年以上前にはすでに創世神≪ルオ・ノタル≫のかたわらにおり、どのようにして取り入ったのかわからないが彼女の信を深く得ていたのだという。


デミューゴスは一人の神が≪世界≫全体を管理することの難しさと効率の悪さを理由に挙げ、自らの分身≪九柱の光の神々≫による役割分担によって、更なる衆生の繁栄が叶うのだと創世神≪ルオ・ノタル≫をそそのかした。


こうして女神ロサリア達、≪九柱の神々≫は生み出され、各分野で創世神を支えることになり、全てが上手くいくかと思われた。


しかし、力を分け与えたことにより創世神≪ルオ・ノタル≫は神としての力を大きく落としてしまった。

≪九柱の神々≫の創造には自身の力の半分以上を費やしてしまっており、そのことを≪世界≫の外側で、虎視眈々と≪世界≫の強奪を目論む漂流神や魔神などの自らの≪世界≫を持たない異邦神たちに知られてしまったのだ。


創世神≪ルオ・ノタル≫は、辛くもこれらの脅威を退けたが、その戦いの最中、神体に深い傷を負ってしまったらしく、癒しのための休眠を余儀なくされてしまった。


自らの休眠中に後事を託したデミューゴスに与えたのが、創世神≪ルオ・ノタル≫に残された力の大部分――≪ルオネラ≫だった。


「その後、≪ルオ・ノタル≫が休眠中であることを良いことに、デミューゴスは自らは表舞台に立つことなく、意のままになる≪ルオネラ≫を使い、徐々にその本性を現し始めました。事態の深刻さにようやく気が付いた我ら≪九柱の神々≫は、≪知恵と学問の神ウエレート≫の進言のもと、≪異界渡り≫を召喚し、その者を中心とした軍勢と共に、≪ルオネラ≫とそれに属する者どもを討ち果たした……はずでした」


「その≪異界渡り≫というのが、クローデン王国を作ったというクロード一世なのですね」


「そうです。クロード一世には二人の強力な魔道士が付いており、それに我らの加勢も加わったのです。これには如何に≪ルオネラ≫であっても為す術がなかったように思いました。≪ルオネラ≫は魔境域の大地を自らの肉体とすることで現実界に降臨し、我らと戦いましたが、クロード一世たちの活躍もあり、これを退けることに成功しました。≪ルオネラ≫本体の消滅は叶いませんでしたが、当面≪世界≫に干渉することは出来まいという判断だったのです。しかし、その後我らは、この勝利がデミューゴスの恐るべき謀の一端にすぎぬことを思い知らされたのです」


この部分は、自分が知っている話とそれほど大きな違いはない。

シルヴィアの話では、この後、≪白魔道を極めし者≫バル・タザルと≪黒魔道の深淵≫グルノーグが対立し、クロード一世が命を落とすという話であったはずだ。


「我らの仲間だと思っていたクロード一世の仲間の一人、黒魔道士グルノーグ。彼の正体は敵側に立つデミューゴスと同一人物だったのです。黒魔道士グルノーグは常に仮面で素顔を隠し、その魔力も魔道の技により≪隠蔽≫されていましたが、まさかデミューゴスであるとは誰も疑ってはいませんでした。デミューゴスは、こうして敵と味方を巧妙に操り、我ら≪九柱の神々≫と≪ルオネラ≫を戦わせ、疲弊させました。激しい戦いの後、傷つき疲れ果てた我らにあの男は正体を明かし、そして牙を剥いたのです。あの男の狙いは、あたかも人間が食事をする時の様に、創世神≪ルオ・ノタル≫の力を切り分け、自分が取り込みやすい状態にすることだったのです」


女神ロサリアは目を閉じ、悲痛な表情を浮かべた。

ここが、虚無の大海という特殊な場所だからなのか、あるいは同化が進んできたことによるのか、彼女の無念な気持ちが伝わってくる。

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