第232話 話


女神ロサリアは、ひび割れた陶器のような状態になっており、割れた部分から少しずつ剥離し、崩壊が始まっている。

剥離した部分はさらに細かく光の粒となって辺りを漂い、クロードの身体に吸収されていく。


これが≪EXスキル≫亜神同化による現象でろうことは、火神オグンや石神しゃくじんウォロポとの戦いを経て、薄々とわかってきてはいるが、自分の意思で行っているわけではないので何とも言えない。


「私が私ではなくなっていくのを感じる」


女神ロサリアは恍惚とした表情で呟き、それが最後の言葉となった。

崩壊の速度が進み、翼を持った美しい女性の姿は風化し朽ちた神像のようになった後、大小さまざまな大きさの光の玉となり、全てクロードの身体に吸い込まれていった。




爆散し粉々になった石神しゃくじんウォロポの時と違い、いくつかの大きな塊として吸収したためであろうか、クロードの意識に女神ロサリアとしての意識を有した何かがまだ消えずに残っているのを感じた。


そして気が付くと、以前火神オグンの残滓と語り合った自己内の集合無意識――たしか虚無の大海と言っていたか、その空間とは呼べぬ不思議な場所に再び立っていた。


目の前には白い光の玉がいくつか漂っており、やがてそれは一所ひとところに集まると何者かの姿を取り始めた。

白く大きな翼を背に生やした空色の瞳の女性――女神ロサリアだった。


『何とも不思議な現象ですね。私が貴方、貴方が私であるように感じる』


「火神オグンもそのようなことを言っていたが俺にはそんな風には感じられていない」


『それは私が同化される対象であり、あなたは取り入れる側であることに起因するのでしょう。私が独自に有していた思想、嗜好、性質などはあなたの持つそれと同一になり、やがて自我は消える。貴方は摂取者であり、その取り込んだ要素に影響されることはあっても、貴方自身で有ることは変わらない。そういうことなのだと思います』


「なぜ、デミューゴスを庇うような真似を? 」


『あれは別にデミューゴスを庇ったわけではありません。今にして思えば間違いであったかもしれませんが、あの時はああすべきだと思っていたのです。街で初めてあなたと会った時は、不完全な人間の身体から漏れ出る神気しか感じ取ることしかできなかったので、私は貴方の力の総量を図りかねていました。貴方であれば、デミューゴスに勝てぬまでも戦いに敗れ、弱り切った私であれば、消滅させてくれるのではないかと思い、機を待っていたのです』


「なぜ、消滅という選択肢を? 奴の目が届かない遠くに逃げるということもできたのではないですか」


『これはあの男と一度戦い、その時に知ったのですが、デミューゴスは神を喰らい、その力を自分のものにするという能力を持っていました。同化するのではなく、消化し、そのエネルギーと≪御業≫のみを奪う能力です。すでに≪夜と月星の神ヌーヴュス≫と≪知恵と学問の神ウエレート≫はデミューゴスに取り込まれ、その≪御業≫ゆえに、この地上のいかなる場所であっても隠れ続けるのは難しくなっています。他所の土地に逃げるよりも、いざという時、受肉を解き、信徒から即座に神力を得られるこの地に潜む方が比較的安全であったというわけです。それに私には何としてもデミューゴスに取り込まれるわけにはいかない理由があったのです。喰われるぐらいなら、消滅を選ぶ。私としても苦渋の決断でした』


「神であるあなたが、自らの消滅を決断しなくてはならない理由とは一体……」


『この世界の神ではない貴方にどこまで明かすべきか、悩むところですがいずれ同化が進めば全て知るところとなるかもしれませんし、正直なところ貴方の力を借りなくてはもうどうすることもできないところまで、この≪世界≫は来てしまっているのです。少し長くなりますが、話を聞いてもらえますか』


女神ロサリアは少しためらった様子を見せたが意を決したように話し始めた。

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