第230話 融通無碍

間に合ってくれ、その一心だった。


デミューゴスが放った禍々しい気を帯びた異様な雷撃を放つ前に、クロードの身体は動き出していた。

放出前の一瞬の溜めがあったおかげもあり、逸早く気が付くことができた。

魔石人間の女たちなど意に介さずに真直ぐ、シルヴィアとデミューゴスの直線上へ。


魔石人間の女の尖った爪が肩を掠めたが、痛みを感じる余裕もなく、全身を投げ出し、デミューゴスの雷撃を受けた。



奇妙な体験だった。

髪の毛が総毛立つのを感じ、頭部に殴られたかのような強い衝撃が走った。

首から下がまるで石にでもなったように思われ、身動きどころか呼吸さえできなくなった。その上で心臓が活動を停止したとまるで他人事の様に感じられた。


黒い光が入り混じったそのいかずちは、自然界のそれと異なり、体表に留まり続け、表皮を焼く。

筋肉が異常な収縮を起こし、立っていられない。


痛みを感じる間もなく視界が狭くなり、音が消えた。


だがそれと同時に、言いようのない万能感が湧き上がり、周囲の状況が手に取るようにわかるようになった。


「クロード様、何ということを」


シルヴィアが少し前まで自分だった、焼け焦げた肉塊の前で泣き伏している。



聖女アガタの顔には勝ち誇ったような笑みが浮かび、魔石人間の女たちも戦闘態勢を解いている。


ただ一人この場で畏怖の表情を浮かべているデミューゴスと目が合った。


「おいおい。おいおい、何なんだ、お前は。その姿は、その溢れ出る神気は、まるで……」


デミューゴスが後ずさり、それを皆、怪訝そうな表情で見つめていた。

この場でクロードを視認できているのはデミューゴスだけで、シルヴィア達には見えていないようだった。



火神オグンに一度殺された時と近い状態だったが、何かが違う。

あの時は、内側から溢れ出るエネルギーを制御できず、いたずらに膨張し続けることしかできなかったが、今はクロードとしての人型を保てている。

膨大なエネルギーは圧縮されながらも自分の認識の中を自由に循環しており、今ならばそれを手足の様に自由に使える気がしている。


「僕の質問に答えろ。お前は何者なんだ。イシュリーン城で見たのは、異常な力を持っていたが間違いなく、ただの≪異界渡り≫だった。だが、その姿はなんだ。本当に同一人物なのか?」


かなり動揺しているのか、デミューゴスの主語が「私」から「僕」になっている。


自分が何者なのか。

この状態が何なのか。

聞きたいのは自分の方だったが、とりあえずせっかく現れたデミューゴスをここで討っておくことにしよう。


≪三界≫で会ったルオの話や様々な出来事を総合して考えてみても、このデミューゴスがこの世界をおかしくしている元凶の一つであるのは明らかだ。


デミューゴスを倒し、聖女アガタを捕らえれば、少なくともルータンポワラン、いや神聖ロサリア教国を覆う暗雲は払うことができる。


「やめろ、僕に近付くな」


デミューゴスがアガタを押しのけ、さらに下がる。


クロードは全身を循環する神力を昂らせながら、一瞬でデミューゴスの前に移動した。

腰を深く沈め、左手を引く動きと連動させて右腕を突き出す。


肉体が無いせいか、いつもよりもさらに速く、融通無碍であるかのように感じる。


右手の手刀で胴体を貫いた後、直接≪神の火≫を注ぎ込んでやろう。

先ほどの雷撃の礼もしなくてはならないし、オイゲン老たちの仇でもある。


躊躇うな。

ここで決着をつける。


クロードの手刀がデミューゴスに迫ろうとしたその刹那、床に転がっていた焼け焦げたロサリア銅貨が光り、瞬く間に眼前に人影が現れた。


攻撃を中断しようと思ったが、もう間に合わなかった。


デミューゴスを庇う様に立ちはだかったその人影を≪神の火≫を纏った右手で貫いてしまった。


白髪頭に皺が多く刻まれた顔。そして雨上がりの雲一つない青空のような瞳。


よく見るとその人影は、食堂で警告の言葉を残した後、忽然と姿を消したあの老婆だった。







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