第228話 聖女特製御神棒

「どうじゃ、儂の御神棒は、聖女アガタ特製のありがたい張型であるぞ。儂のものはもはや不能となってしまったが、この張型を通じてお前の具合がよくわかるぞ。ああ、善いぞ、善いぞ。さあ、存分に気をやるがいい。天国に導いてやるぞ」


天井から吊り下げられた薄布の仕切りの向こう側から聞こえてきたのは、かなり高齢と思われる男の下卑た声と力が抜けたような女の喘ぎ声だった。

他にも複数の女の荒い息と気配が感じられ、布に映った影が艶めかしく蠢いていた。


「その向こう側にいるのが、ロサリア教の全信徒の頂に立つ教皇パウルシス二世ですよ。お会いになりますか」


聖女アガタは、椅子に裸身のまま深く腰を掛け、足を組んで座っていた。

値踏みするような目でクロードの全身を眺め、笑みを浮かべている。


布仕切りの向こう側で淫らな行為に耽っているのが教皇本人らしいが、ここにきてクロードは少し困惑していた。


魔境域から遠いルータンポワランまでわざわざやってきたのは、神聖ロサリア教国の実情を知る目的の他に、魔境域侵攻中止を教皇に直談判するという考えがあったからだが、頭の中で思い描いていた教皇のイメージとかけ離れた行状を目の当たりにして、この人物にそれだけの権限があるのか疑問に思われてきたのだ。


鐘の音による妖しい術、そして大魔司教から神聖ロサリア教国を任されているというアガタの言葉。

神聖ロサリア教国を動かしているいるのはどう考えてもこの教皇や彼の言いなりと聞く国王ではなさそうだ。

国教を取り仕切る教皇庁がこの有様では、ルオネラとその一派の支配がこの国の中枢に深く及んでいるのは間違いないだろう。



「どうしましたか。随分と戸惑っておられるご様子。クロード様はこの遠い地まで一体何をなさりに来られたのですか」


聖女アガタはクロードの内心を見透かしたように尋ねてきた。


「魔境域への征討軍。あれはお前の差し金か? 」


「はい。何か問題でも?」


笑みを絶やさず、悪びれた様子もない。

≪危険察知≫でも、敵意や悪意のようなものは感じられないし、表情に変化が無いので何を考えているのか全く読めない。


「俺たちは戦いを望んでない。全軍を引きあげてもらえないだろうか」


「もし断ったら、どうなさいますか。私を殺しますか」


「必要であればそうせざるを得ない」


「そうですか。では降参しましょう。私は≪魔将≫たちの様に戦闘向きではないので、抗いようもありません。それに、大魔司教様から貴方とは争うなと言われています。たいそう恐ろしい力をお持ちのようで、あのお方が珍しく弱気でいらっしゃいました。もしお望みなら、この神聖ロサリア教国をくれてやってもいいとまで仰せでしたが、どうしますか? なれますよ。国王なり、教皇なり、お好きな方におなりになって自ら全軍に撤退をお命じになったらいかがですか」


どうにも調子が狂う。相手の狙いと意図が全く読めない。

冗談だと思うが、神聖ロサリア教国の教皇や国王をそんなに簡単に首を挿げ替えることなどできるわけがないし、そんなに簡単に撤退できるなら、なぜ隣国と戦争してまで、あのような侵攻をしたのか。


「俺と争う気はないと言ったな。では、俺の質問に答えてもらおう。魔境域侵攻の目的はなんだ」


「わかりませんか? あなたの気を引くためですよ。そしてこうして、無警戒にこのルータンポワランまでのこのこやってきた。大魔司教様の読み通りに」


聖女アガタはそう言うと、右手を持ち上げ、指を鳴らした。



「ぐわあ、あわわっ、なんだお前たちは、儂は教皇だぞ。地上で最も権威ある人間だぞ」


仕切りになっている薄布を引きちぎり、あばらの浮き出た貧相な体つきの老人が慌てて飛び出てきた。


「アガタ、助けてくれ。化け物が、化け物が儂の寝所にっ」


老人は転がるようにして椅子に座る聖女アガタの足元に駆け寄ると、その艶めかしい太腿を撫でた。


老人が先ほどまでいた場所を見ると、腰から下が蛇のような鱗に覆われた裸の女が四人立っており、こちらの方に少しずつ近づいて来た。

女たちは背が高く鍛えられた肉体をしており、その両手の爪は鋭く尖っていた。

額には何か石のようなものが埋め込まれているように見える。


「どうやら、罠だったようですね」


シルヴィアが両手の指を組み、印のようなものを作る。


今のところ≪危険察知≫は、アガタ達に対して反応していない。


「慌てないで下さいね。先ほども言いましたが、貴方たちと争う気はありません」


「アガタ、この化け物たちは……、この二人はなんだ。なぜ儂の寝所に」


老人はアガタに抱き着くようにして、懇願した。


「ああ、教皇様。こんなに怯えてしまって。ご心配なく、万事私にお任せを」


「おお、アガタ。やはりお前は頼りに……」


アガタが抱き着いてきた老人の細い首に腕を回し、力を込める。


ゴキッ。


「貴方はもう用済み」


鈍い音が聞こえ、老人の体は脱力して、そのまま床にずり落ちた。


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