第226話 順序

宿の外に出て、昨夜の鐘の音について様々な場所で聞いてみたが、結局何もわからなかった。

鐘の音を聞いたという人は一人もおらず、そのような深夜帯にそれほど多くの鐘が一斉に鳴るなどありえないと鼻で笑われてしまった。


人身供犠じんしんくぎについては、ルータンポワランに住む者にとってはごく普通の事柄であるようで、詳しく知ることができた。


生まれた赤子を一人捧げれば死後の世界で地位が一つ上がるのだという。

そのため、熱心な信者などは長男を家に残し、二人目以降は教皇庁に預けるというようなことが珍しくないのだそうだ。

産んではみたものの、自ら育てられないと判断した親たちも人身供犠じんしんくぎを行うので、この街には孤児はいないそうだ。


集められた赤子たちは首都近くの≪神の丘≫と呼ばれる場所に集められ、そこに作られた施設でロサリア神の使徒として育てられるのだという。

≪神の丘≫は、俗世から隔絶された一つの町の様になっており、たとえ生みの親であってもその場所に足を踏み入れることは出来ない。

体格に恵まれた者は≪神の戦士≫に、頭の良い者は≪神学者≫、そのどちらでもない者は≪捨身行者≫と呼ばれ、神聖ロサリア教国を支える労働者として農場などで一生を送る。



「シルヴィア、聞いているのか?」


「あ、はい。すいません。大丈夫です」


宿に戻って、聞き込みをしてきた一部始終をシルヴィアに報告したが、まだ本調子ではないのか、どこか眠たそうだ。


昨夜の鐘の音について聞いてみると、なんとなく聞いたような気がするという頼りない答えだったので、ひょっとしたらその後の行為についても記憶が無いのかもしれないと一瞬期待したが、そのことについてははっきり覚えているそうである。


「その……、どうしてあのような行為に及んでしまったのか……申し訳ありません。どうか忘れてください」


シルヴィアはこれ以上ないぐらいに顔を紅潮させ、下を向き、こっちを見ようとしない。


その様子がどうにも可愛らしく見えて、つい手を取ってしまった。


「あっ」


シルヴィアと目が合う。


急に照れくささが湧き上がってきて、つい手を離し、「すまない」と謝ってしまった。彼女も何故か「すいません」と返す。


なにか調子が狂う。昨日までの二人の関係性を取り戻そうにも何かが壊れてしまった気がする。


妙な雰囲気になってしまったので、話を変える。


昨夜、自分が聞いた鐘の音が、精神に何らかの影響を与えた可能性についてシルヴィアの意見を聞いてみた。


「鐘の音自体の記憶がないので何とも言えませんが、そうであるならば事前に精神に影響が及ばぬよう防護の術をかけておくことで防げるとは思います。魔力を用いた魔道の術であれば私が気付かないはずはないのですが……、それにしても何という醜態を」


シルヴィアは両手で顔を覆い隠し、動かなくなってしまった。

どうやら、立ち直るには相当な時間がかかりそうだ。


部屋に戻る前、シルヴィアがどんな反応するのか怖くて、扉の前で立ち往生してしまったくらいであるのだが、このまま何食わぬ顔で普段通り接するのが良い気がしている卑怯な自分に気が付いて、自分が嫌になった。


「本当に申し訳なかった」


何か居てもたってもいられない気分になって、シルヴィアの正面に立ち、深く頭を下げた。

謝らなければ気が済まなかったのだ。

だが、こうして謝った後で、本当は自分がただ楽になりたいだけだったのではないかと思い、また別の罪悪感が生まれた。


≪精神防御≫のスキルを自分が持っていること、それによって正常であったにもかかわらず、正気を失っていたように思われたシルヴィアと関係を結んでしまったことを素直に打ち明けた。


一発ぐらい殴られることも覚悟し、目をつむったが一向にその気配は無い。


恐る恐る目を開けると、目を潤ませたシルヴィアが視線を下げながら、口を開いた。


「謝られては困ります。どのような原因があったにせよ、私も意識ははっきりしていたのです。あれは私が望んでしたこと……、謝られては何か二人が悪いことをしたような気がいたします。私は恥ずかしくは思っていますが、後悔はしておりません」


恥ずかしそうに俯くシルヴィアを見て、順序は間違った気がしたが、自分はすでにシルヴィアのことが好きになってしまっているではないかとふと思った。

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