第224話 喪失

日暮れを知らせる大聖堂の時鐘が鳴っても、特に何も変化がなかった。


窓を開け、外の様子を眺めてみても通りの商店や食堂などが他の町よりも早く店じまいを始めるということ以外は特に変わったことなどない。

往来には人気が無くなり、街は早々に静かになっていく。


酒場も無ければ、娼館などのいわゆる夜の商売をする店もないようであるから 、このような状態になるのも当然のことだろう。

日の出と共に働き始め、日暮れと共に家に帰る。

規則正しく、まさに太陽の運行と天空を司っているというロサリア神を深く信奉する国の首都にふさわしい人々の営みであると思われた。


生産性や国力増強の面ではどうなのだろうと、少しは国王らしい考察をしていると再び鐘の音がなった。

大聖堂がある方角からだった。


先ほどの日暮れを知らせる時鐘からまだ数刻しかたっていない。


今度は大聖堂以外のありとあらゆる方向から、鐘の音が鳴り出した。

昼間外を視察した時には特に気にも留めていなかったが、大聖堂以外にもこれほど多くの鐘があったことにクロードは驚いた。

十や二十ではきかない数の鐘の音が少しずつ異なるタイミングで鳴り響き、あたかも何かの曲を演奏しているかのようであった。


これは何かロサリア神にまつわる宗教的な儀式か何かだろうか。


ゆっくりとしたテンポでありながら、金属特有の響きが何か心をざわつかせる。


これはやはり何かの曲であると思い始めた頃、クロードのスキル≪精神防御≫が何らかの作用をはねのけているような、そんな感触があった。

何をされそうだったかはわからない。

だが、鳴り響く鐘の音と共に、精神に何らかの影響を与えようとする試みが今なお続いていることだけがわかる。


シルヴィアはどうなった。


クロードが窓を締め、振り返ったその刹那。


唇に柔らかい感触が触れた。


シルヴィアはクロードの腰に腕を回し、その顔をクロードに押し付けるようにして接吻してきた。


彼女の唇は柔らかく、少し湿っていた。

唇から伝わる感触が脳内に甘い痺れと興奮をもたらす。

ちょっと、待て。これって俺のファーストキスだったよな。


クロードが何が起きたのかわからずにいるとシルヴィアは腕を取り、寝台に押し倒してきた。


「シルヴィア、どうしたんだ。ふざけている……」


再びシルヴィアの唇がクロードの口を塞ぐ。

今気が付いたがシルヴィアは巡礼服の下に着る下着のようなものしか着ておらず、それすらためらいなく脱ぎ捨て、形のいい二つの乳房が露になった。


正直、美しいと思った。

彼女の白い肌はほんのりと赤みを帯び、部屋の蝋燭の灯りに照らされて、艶めかしく映った。


普段ローブの下に隠れてわからなかったが、少し痩せた印象があった彼女の体は厳しい白魔道の鍛錬によるものなのか、引き締まっていた。腹筋はうっすらと割れてはいたが、女性特有のふくよかさと魅力は残されていて、思わず見惚れてしまった。


シルヴィアの顔を見ると紅潮はしているものの、目には意志のようなものが感じられ、何かに操られているとかそういう感じではない。


普段生真面目で、男女の色恋などには全く興味がなさそうな印象であったのにこの変貌ぶりは一体何なのだろう。


それともこれは何かしらかの敵の術中に自分がすでに陥っていて、夢か幻術のようなものを見せられているにすぎないのだろうか。


シルヴィアは、クロードの手を自らの胸に引き寄せると、まるで揉んでほしいという意図であるかのように強く押し付けてきた。


「クロード様。私はどうなってしまったのでしょう。このままでは、気が……ふれてしまいそうです。身体が熱い。どうにかしてください」


シルヴィアは下半身をもどかしそうにクロードの腰に擦り付けると全身をクロードの身体の上に預けた。



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