第223話 巡礼者
食堂出た後、しばらくあの老婆を探し、周囲を散策したが、ついに見つけることができなかった。
その後、一旦老婆のことはあきらめて、当初の予定通り、街のどこからでもその位置がわかるほどに巨大な大聖堂を見に行ったが、あまりにも大勢の信徒に阻まれて建物に近づくことすら出来なかった。
建物に入りきらない信者たちは大聖堂の方を向き、路上で平伏し祈りを捧げており、その黒や暗灰色を基調とした巡礼服の背があたかも黒い波の様に蠢き、大聖堂に至る路地を埋め尽くしていたのだ。
近くにいた年配の巡礼者に尋ねてみたところ、大聖堂では日に二度、聖女アガタの説法が行われており、それを目当てに巡礼者をはじめとした信徒が集まってくるのだという。
もし説法が聞きたければこのまま並んで待ち続けるしかなく、運が良ければ二、三日後に建物の中に入ることが叶うという話だった。
教皇と聖女アガタはこの大聖堂に寝泊まりしているわけではなく、大聖堂に隣接して建てられている教皇庁宮殿という建物に住んでいるという話も聞くことができた。
教皇庁宮殿と大聖堂は渡り廊下で繋がっており、そこを通って毎日、説法に訪れているらしい。
いくらなんでもそんなに並んで待つほどの信心深さは持ち合わせていなかったので、クロードとシルヴィアは話してくれた巡礼者に丁寧に礼を言うとその場を離れた。
教皇と聖女アガタがどのような人物なのかはやはり気になるので、教皇庁宮殿へは、夜を待ち、闇に乗じての侵入を試みることにしよう。
二人は、教皇に頭が上がらないという国王の住む王宮と魔境域遠征軍の募兵を行っているという広場を巡り、遠巻きに様子を眺めた後、早めの夕食を取って宿に戻った。
宿に戻っても、食堂で出会ったあの老婆のことが、頭から離れなかった。
クロードは寝台に腰を下ろし、店の前で拾ったロサリア銅貨を眺めていた。
表にはロサリア教の聖印、裏にはロサリア神を讃える聖句が刻印されている。
この街を夜の闇が訪れる前に去れ。
そう警告し、忽然と姿を消した老婆。
店の主人は食いつめた巡礼者だと言っていたが、皿の上より自分の方に関心を向けていたように思えた。
≪危険察知≫にも何も引っかかるものはなかったし、魔力量も普通の人間と変わらなかったので、魔道士の類ではないと思われた。
「まだ気になっているのですか?」
テーブルに紙を広げ、大まかな街の全体図のようなものを書いていたシルヴィアが声をかけてきた。
とてもマメな性格らしく、今日二人で歩いた辺りで気が付いたこと、路地の様子などを細かい字で図の余白に書き込んでいた。
「シルヴィアはあの老婆をどう思った?」
「魔力は少ないながらも確かに感じられたので、実力を≪隠蔽≫した魔道士という可能性はないと思います。何か、この街のただならぬ事情を知っていて、それを教えようとしてくれた親切な巡礼者……というには確かに不自然なところが多すぎましたね。今日、ルータンポワランを訪れたのは私たちだけではないでしょうし、消え方も私とクロード様が同時に見失うなど、ただ者ではないと思うのが自然だと思います」
シルヴィアの言う通り、あの老婆はこちらの意識が一瞬、店主に向いたその隙に忽然としえてしまったように感じた。
物理的な速度や魔道の術によるものであれば、俺かシルヴィアのどちらかがそれに気が付いたはずである。
そうなると考えられるのは、リタの様に何か特殊なスキルを持っていてそれを使ったと考えるのが自然ではないであろうか。
大魔司教麾下の≪異界渡り≫の可能性もあるのかもしれない。
三人の≪魔将≫の他に九人の≪使徒≫がいるとリタが言っていた気がするし、≪危険察知≫に反応しない方法だって無いとは言い切れない。
注意しておくに越したことはないだろう。
ただ、あの空の様に澄み切った老婆の青い目が邪な考えを抱く者のそれには見えなかったのも事実だ。
なんというか、言葉にするのが難しいのだが、あの目に宿っているのは敵意や悪意といったものとは大きくかけ離れた善性を帯びた理性や知性とでもいうべきものであった気がする。
「夜を待とう。どの道ここまで来て引き返す手はない。夜になればあの老婆が言ったことが何か意味のあることであったのかどうか分かるはずだ」
クロードの言葉にシルヴィアは黙って頷いた。
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