第222話 娯楽施設無

巨大な大聖堂と街のいたるところにあるロサリア像、そして祈祷所やその他の宗教施設以外は何も見るもののない街だった。

一体この都市の住人は何を楽しみに生きているのか。

酒場も無ければ、娯楽施設のようなものも何も無い。


巡礼者向けの食堂に入り、ルータンポワランの名物料理を頼んでみたが、味が薄く、質素で飾り気のない料理ばかりだった。

甘みが無くぼそぼそとしていて口の中の水分をすべて奪い去ってしまう穀物の粉を丸めて焼いたパンのようなものに、野菜を擦りつぶして作った塩気の無いスープ、メインディッシュは豆腐に似た柔らかい謎の物体の表面を焼き、その上に炒めたキノコや香草が乗った料理だった。


あまり食が進まないクロードに比べて、シルヴィアはとても興味深そうに料理を食べ進めていく。

聞けば、普段から魔道士が食べている修行食とでもいうべきものがあるそうなのだが、それと比較すると格別の美味しさなのだそうだ。


厳しい戒律と修行。その他にも食事制限など様々な制約を乗り越えて、魔道士は常人にはない力を身に付け、その力を高めていく。

修行食を食べるのは肉体そのものを魔力に馴染むように長い年月をかけて作り変えるためなのだそうだが、それこそ味は度外視で、大抵は凄まじく苦かったり、味と呼べるものがほとんどなかったりするらしい。

話を聞いているうちに魔道士を目指すのは、自分には無理だなとクロードは思った。


食事終え、そろそろお暇しようかと思っていたところ、一人の見すぼらしい老婆が、他にもたくさん空席があるのも関わらず、クロード達が座っているテーブルの空いている席に腰を掛けた。

老婆は右隣の席に陣取るとじっとクロードの顔を見つめている。


澄んだ青空のような水色の瞳に皺だらけの顔がひどく不似合いな印象の顔だった。

白髪頭とボロボロの巡礼服は埃に紛れ、全身から異臭を放っている。


自分たちはもうほとんど食べ終わったので、まあいいかと席を立とうとすると袖を掴んできた。


「この都から早く立ち去るのです。ここにいてはいけない。夜の闇が訪れる前に去るのです」


老婆はしわがれてかすれた声で訴えかけてきた。


「お婆さん、それは一体どういう……」


クロードが言葉の意味を問おうとすると、奥にいた店の主人が慌てて老婆を捕まえ、強引に店の外に引きずり出した。


「施してやるから店の中に入るんじゃない」


店の主人は硬貨のようなものを取り出すと地面にそれを放った。


「いや、お客さん、すいませんね。たまにああして喰いつめた巡礼者がお客さんの料理にありつこうと勝手に入ってくることがあるんですよ。長い旅路の果てに路銀が尽きちまったのかな。不憫だが、こっちも商売だ。仕方ない。銭を稼がなきゃ、ロサリア様への寄進が滞っちまう」


店の主人は頭を下げ、愛想笑いを浮かべた。


クロードはロサリア神への寄進についてもう少し詳しく聞いてみたかったが、それよりも先ほどの老婆の話の続きが気になったので、店の主人に代金を支払い、店を出た。


しかし、通りに出て辺りを探したが、先ほどの老婆の姿はなく、通りすがりの通行人たちに聞いてみてもそんな老婆見かけたことは無いのだという。


残されていたのは、店の主人が放ってやったロサリア銅貨一枚だけだった。

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