第221話 聖地巡礼終着地

神聖ロサリア教国の首都ルータンポワランは、その別名を「信仰の都」といい、ロサリア神信仰における聖地巡礼の終着地でもある。

国内各地にあるロサリア神所縁の場所を参詣し、最後にこのルータンポワランを訪れるのが聖地巡礼の習わしであるそうだ。

熱心な教徒にとっては一生に一度は必ず成し遂げたい重要な宗教儀礼であるらしく、神聖ロサリア教国全土から敬虔な信者たちが、巡礼のためにこの地に集まってくる。


黒あるいは暗灰色の巡礼服を身に纏った大勢の信者が通りにあふれ、他の都市では見られない独特の雰囲気を漂わせている。

白と水色はロサリア神を象徴する色であり、それを基調とする服を着ることは一般の信者は禁じられているそうだ。


巡礼服を着ていない人間は、ほとんどがこの都市の住人であり、他国からの行商や旅人は少ないようだった。

これだけの往来があるのだからもっと賑わっても良さそうなものであるが、おそらく通りでの商売が禁じられているなど、何か事情があるのだろう。


クロードとシルヴィアは巡礼者の夫婦を装い、神聖ロサリア教国の首都ルータンポワランを訪れていた。


夫婦という設定はシルヴィアからの提案であったが、見た目の上での年齢も近そうなので、潜入と偵察をする上では確かに都合が良さそうだ。


二人は、今夜の宿を先に決め、嵩張る荷物を預け身軽になると、この初めて訪れた未知の都市の探索へと繰り出した。


シルヴィアの話では、幼き頃より山深き白魔道の総本山にある修行場からほとんど出たことがなかったらしく、ここに来る前にできうる限りの下調べをしてきたということだった。


クロードも当然、この都市に関する知識もなく、訪れたこともなかったので、見るものすべてが珍しく、新鮮だった。


ルータンポワランでは屋外での飲食が禁じられているので、屋台のようなものはない。一般の信徒は、酒や鳥類の肉を禁じられているので、これらを扱う店はない。


酒場が無いと聞いた時は少しがっかりしたが、シルヴィアの物珍しそうに辺りを眺める様子を傍らで見ていると、久しぶりに女性とデートしているような気がして少し楽しくなってきた。


この世界に来て間もなくの頃、オルフィリアとブロフォストの街を買い物して歩いたことが思い出される。


「クロード様、やはりこの街には魔道士の姿があまり見られませんね。ブロフォストと比べると街角の呪い師であるとか、冒険者を生業としているような魔道の心得を持つ、所謂≪灰色≫と呼ばれる者たちも少ないように思われます。私たちの様に≪魔力認識阻害≫で魔力量を隠している可能性もなくはないでしょうが」


クロードの浮ついた気持ちとは別にシルヴィアはしっかりその役割を果たしていたようだ。


「クロード様は何か感じられますか」


シルヴィアの真剣な表情と銀眼に、慌てて周囲の状況を探るふりをした。


クロードも魔力探査を怠っていたわけではない。

魔力に関することの師であるバル・タザルから常に魔力の流れを意識するように教わっており、その鍛錬として常時、周囲の魔力については探査を行うようにしている。

もっとも探査できるのは視界に入るくらいの狭い範囲であり、シルヴィアたち本職の魔道士とは比較にならない。


シルヴィアの言う通り、今のところ魔力に関しては特筆すべき人物とは遭遇していない。

≪危険察知≫に反応する気配は今のところないし、ラジャナタンの山の集落で感じたウォロポによるよるものと思われるような妙な気配も今のところは感じていない。


だが、そのことが余計に不気味だった。


この街は静かすぎるのである。


おそらく街の規模はブロフォストに負けず劣らずという感じなのに、通りの喧騒もなく、道行く人々は物静かで、まるで他人に関心がないようにすら感じる。


支配階級と非支配階級の二重性なのだろうか。

ローデス城で出会ったデュフォールをはじめとする貴族や騎士、そして俗世欲の塊のようなマルティヌス枢機卿とはあまりにもかけ離れた印象だった。




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