第218話 正教義教育
「こんな護送の任務などやってられんな、まったく。 とんだ貧乏くじだ。これからが一番おいしい所だというのに本国に戻れとはな」
「言うな、相棒。俺とても同じ気持ちだ。見ろ、クローデンの異教徒どもから奪えたのは、これっぽっちだ。とても割に合わねえ」
「それだけあればまだマシだ。俺など、豪農の家のババアがつけてたこのペンダント一つと硬貨が少々だ。くそっ、むしゃくしゃしてきたな。少し気晴らししてやるか」
「おい、どこに行く気だ。まさか、教皇様への貢ぎ物に手を出す気じゃないだろうな。ばれたら只ではすまんぞ」
「なに、バレやしねえさ。あれだけの数がいるんだ。坊主どもの慰み者になる前に少しぐらい味見しても罰は当たるまい。あの中に一人、俺好みのいい女がいたんだ。あの肉付きの良いからだがたまらねえ」
「しょうがない奴だ。騒ぎは起こすなよ」
まだそれほど古くはなさそうな大聖堂の正面扉の前で見張りをする二人のロサリア兵の話をクロードは、シルヴィアの≪姿隠し≫をかけてもらい、すぐ傍で聞いていた。
見張りは建物の外周に配置されたものと合わせて八人。
どうやら時間で交代することになっており、その他の兵士は隣接する建物で休息をとっているようだ。
持ち場を離れ一人、大聖堂の中に入っていくロサリア兵の後をクロード達は付いて行き、大聖堂の中に入った。
大聖堂の中はわずかに灯された明かりで薄暗かったがロサリア兵の持つランタンの灯りに浮かび上がった人影は皆、縄で拘束されており、その表情には怯えの色が浮かんでいた。年齢帯は比較的若い者が多く、女性がほとんどで、あとは十代前半ぐらいの少年とそれより幼い子供だった。身を寄せ合い、不安そうな顔でロサリア兵を見つめている。
ロサリア兵はその一人一人を物色して歩き、そのうち一人の女性の前に行くと髪を引っ張り無理矢理立たせると部屋の隅に連れて行き、乱暴に押し倒した。
短剣を抜き、「騒いだら殺す」と凄むと、ズボンを下ろし、覆いかぶさろうとした。
女性は身をよじり必死の抵抗をしていたが、両手を拘束されており、ロサリア兵の平手打ちを受けると悲鳴を上げ、観念したように動かなくなった。
ロサリア兵は女性の服を強引に引きちぎろうと鼻息を荒くしている。
周囲からはすすり泣く声が聞こえ始め、それに対してロサリア兵は「気が散る。静かにしろ」と怒鳴り声を上げた。
目の前でこのような無法な行いをされては助けないわけにもいかない。
「シルヴィア、もういい。≪姿隠し≫を解除してくれ」
クロードの声にロサリア兵が慌てて振り向き、立ち上がる。
「誰だ、お前。どこから……」
クロードは懐に入れていた木製のロサリア像を取り出すと足のところを持ち、それをロサリア兵の頭部に打ち付けた。
少し力加減を間違えたようで、像の首は捥げて、どこかに転がっていき、胴体は乾燥した木片をまき散らして砕けた。殴られたロサリア兵は頭から血を流し、そのまま前のめりに昏倒した。
頭は出血しやすいらしいし、ロサリア神に彼が死んでいないことを祈ろう。
襲われていた女性は二十代半ばぐらいで、名前はソフィーというらしい。
乱れた衣服を両手で隠し、泣きながら震える声で何度もお礼を言い続けていたが、シルヴィアが持っていた小刀で拘束を解いてやり、背をさすってやると少しは落ち着いたようだ。
事情を聴くとソフィーは、占領された東部二州の内、アンメルン州を治める領主の妻であることがわかった。
領主は自らは城を守って戦い、ソフィーを場外に逃がしてくれたが、占領後、領内の縁ある富農に匿われていたところを見つかり、異端審問にかけられた。
複数の異端審問官たちには口に出すのもはばかられるような辱めを受けたらしく、それ以上は詳しく語らなかった。
ソフィーは、自身では敬虔なロサリア教徒であると自負していたが、細かい教義の違いを指摘され、正教義教育の名目で本国送還を告げられたのだそうだ。
出自は町人、農民、騎士階級の血縁など様々であったが、他の者も似たような感じで異端認定されたようである。
マルティヌス枢機卿を見ていて薄々感じてはいたが、ロサリア教の内情はかなり風紀が乱れているようだ。
全ての信者がそうではないのだろうが、アダーモに見せてもらったロサリア教の旧約聖書にしるされた徳目などどこ吹く風で、上層部は豪奢で淫蕩な生活ぶりのようだし、目の前に下半身を露出したまま転がっているロサリア兵は人の皮を被った獣だった。
「クロード様、この者たちはいかがいたしましょうか」
シルヴィアが複雑な表情で尋ねてきた。
彼女が言いたいことは何となくわかった気がした。
目の前のこの人々を救うとなると、外の見張りはもちろんのこと休憩中の兵たちとの戦闘の可能性もある。
白魔道士は原則、魔道士以外の者に魔道で危害を加えることは禁じられているそうであるからシルヴィアの加勢は期待できそうにない。そうなると多少強引な解決方法をとるしかなく、倒した後のロサリア兵たちの扱いについても考えなければならなくなる。
本来の目的は、神聖ロサリア教国の首都ルータンポワランに行くことであったのに、この一団を見つけてしまったばかりに、とんだ回り道をすることになってしまった。
変装をし、それなりの準備と下調べをしたうえで、急な予定変更。
聖地に奉納するというもっともらしい嘘のために用意したロサリアの木像も先ほど怒りに任せて、壊してしまった。
何がしたかったのかわからない。自分でも支離滅裂な行動だった。
シルヴィアの目には相当、思慮の浅い、無計画な人間だと映っているかもしれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます