第216話 漂流人生終止符
マルティヌス枢機卿がローデス城から連れ去られて一週間ほどが経ったが、神聖ロサリア教国は目立った動きを見せなかった。
魔境域に侵入しようとする者もおらず、ローデス城付近でも目立った動きはなかったそうだ。
教皇から派遣された前線の総責任者であるマルティヌス枢機卿がいなくなったことにより、本国に指示を仰がなければならない状況に陥っている可能性もあるが、それにしても静かすぎた。
当初、今回の魔境域侵攻はルオネラ一派が陰で糸を引いている可能性もあると考えていたが、どうにもつじつまが合わないことが多すぎる。
ルオネラの立場からすれば、その力を取り戻すために信徒を多く得たいのだろうし、今回の、魔境域侵攻で得をするのはロサリア神であろう。
教皇が呼び掛ける聖戦とやらの成功は、ロサリアの威光を増すだけのものだ。
仮に魔境域の奪還が目的だとしても、計画が無謀すぎる。
たとえ何千何万という軍勢であってもその個々の力量がローデス城に駐留している兵士程度のものであるならば、少し強い魔物に遭遇しただけでも蹂躙されてしまうであろうし、アウラディア王国の戦士たちも一騎当千の猛者揃いであるから地の利を生かせば簡単にやられてしまうということはない気がする。
甚大な被害を被ってまで、得られる利益がこの魔境域に何かあるのだろうか。
大魔司教ことデミューゴスにしても、大量も供物を必要としているのであれば、戦争により人死にが増えることは望んでいない気がした。
背後にデミューゴスたちがいるのか、いないのか。
いるのだとするとその狙いは何か。
南方のアヴァロニア帝国の動向も気になる。
よもやクローデン王国と和睦が成立して、三カ国連合で魔境域に押し寄せてくることはないとは思うが、こちらも目が離せない。
「確かめてみるか。この目で」
行く気にさえなれば、どこの国のどの場所であろうと≪次元回廊≫で行って帰ってこれないことはない。
神聖ロサリア教国だろうが、アヴァロニア帝国だろうが、気になるなら行って確かめてくればいいだけだ。
敵の本拠地であるローデス城からも独力で脱出できる力があるのだ。
自信過剰になるのは危ういが、慎重になりすぎてはいけない。
三魔将を倒し、傀儡であったとはいえデミューゴスすら退けた。
オグンやウォロポのような漂流神とも遭遇したが何とかなっている。
いつまでも相手の出方を窺い、情勢に踊らされ続ける必要はないのではないか。
こちらから仕掛け、情勢のキャスティング・ボートを握る。
元の世界に戻る方法だって待ち続けていたところで、向こうから来てくれるわけではない。
こちらから出向いていって、この異世界に隠されている真実を暴きだしてやろう。
自分という人間は、生来流されやすく、自分の意思で何かを強く求めて行動したことはなかった気がする。
小中高大と周囲の人間がそうするように特にやりたいこともないのに進学し、卒業後の進路でさえ、選べる中から安定性と世間の評価のみで就職先を決めた。
流行のファッションに、流行の娯楽。
いつもそんなものばかり追いかけてきた。
その場にある状況に抗うことなく、自発性がない。
それなりに努力はするものの、状況に流され、漂流しているような人生だった気がする。
だがこの異世界に来て、自分は何かが変わったのだろうか。
クロードはこれからしようと考えていることについて、心躍る自分に戸惑いつつも興奮していた。
心の奥底から湧き上がってくる何かを変えてやろうという気持ちは、生来の自分なのか、それとも取り込み混じってしまった何かによるものなのか。
もはやわからくなっていた。
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