第215話 事業縮小商会廃業
マルティヌス枢機卿から得られた情報は今後の方針に重大な影響を与えるものばかりだった。
ソニャからの報告によれば、神聖ロサリア教国本国では広くロサリア神に対する信仰を試す形で募兵が行われており、教皇が聖戦を宣言すると同時に魔境域に向けて進軍を開始することになっているとのことだった。
マルティヌス枢機卿の言葉が真実であるならばその数は十万を超える大軍になるという。話半分にしても、恐るべき数である。
さらにクロードの頭を悩ませたのが、クローデン王国と神聖ロサリア教国の二国間で為された講和の内容だった。
魔境域に邪神とかかわりがある何らかの国家が誕生したという話がすでにクローデン王国にも伝えられおり、アヴァロニア帝国の侵攻を退けた後は、クローデン王国側からも、魔境域に侵攻する取り決めが成立しているのだというのだ。
三百年ほど前に結ばれていた邪神打倒のための同盟の復活。
これが神聖ロサリア教国側から持ち掛けられ、クローデン王国側が了承したのだという。
東部二州を奪われ内心穏やかではなかったはずだが、アヴァロニア帝国と神聖ロサリア教国の二カ国を同時に相手をする余力がなかったのだろうか、クローデン王国の国王エグモントは全権大使も兼ねていたマルティヌス枢機卿の手を取った。
魔境域制圧後は、両国でどのように領土を分配するのかまで話が及んでおり、さらにクローデン王国がこれまで調査隊を派遣し得た、魔境域の地理、出現する魔物、生物や植生などに関する情報も後日提供されることになっていたのだという。
思い出してみれば、王都の冒険者ギルドには魔境域の魔物の討伐の他、様々な調査依頼があった。廃村ガルツヴァの調査もその一つであった。
危険を冒し、国庫から支出してまで執拗に調査を進めてきたのは、クローデン王国も魔境域に何らかの価値を見出していたからではないか。
クロードはこの話を聞き、即座にブロフォスト内のクロード・ミーア共同商会の引き上げを決めた。
クローデン王国と神聖ロサリア教国が裏で通じたのであれば、ローデス城で思い出すと恥ずかしくなる名乗りをしてしまったこともあり、商会に危険が及ぶ可能性があった。
クロードという名前はこの世界では結構ありふれた名前であったということだったが、魔境域産の物品を少量ではあったが流通させていたこともあり、辿られる危険性が皆無ではなかった。
ミーア、アルバン、エルマーにこのことを相談すると、三人ともとても残念そうな様子だった。ようやくこの界隈でも顔が売れ始め、商売も順調であったので、これまで積み上げてきたものを無に帰す無念さは当然あるだろう。
特にエルマーは冒険者をこのまま廃業する気であったようで、今後の身の振り方を相当悩んでいた。
クロード・ミーア共同商会の全ての在庫、荷馬車や備品の数々を首都アステリアに引き上げ終わる日。
商業ギルドには廃業の届出を出してもらい、空っぽになった倉庫と寂しくなった社屋の前で一人しみじみとしていると、ミーアがアルバンを伴ってやってきた。
「ミーア、短い間だったがとても助かったよ。アルバンもありがとう」
そう声をかけたクロードに二人は怪訝な顔をして、顔を見合わせた。
「クロード会長、クロード・ミーア共同商会の本店は首都アステリアでしょう。ブロフォスト支店は事業縮小のため閉鎖になるけど、商会自体がなくなったわけじゃない。私の夢は終わってません。この商会を世界一の商会にするという夢は」
「ミーア、気持ちは嬉しいがブロフォストを離れることになるし、魔境域は未だ人族にとって必ずしも住みやすい土地だとは言えないが……、いいのか?」
「私は会長としても、王様としてもクロードさんを信じています。クロードさんがアステリアを世界一の都市にしてくれれば、私の夢だって叶う可能性が高くなるでしょう。これは先行投資です」
ミーアは茶色の瞳を輝かせ、力強く言い切った。
「クロード、いや会長。副会長のミーアが辞めないって言ってるんだ。渉外担当部長兼ボディーガードも必要だろう」
アルバンは、頬の刀傷を撫でながら不敵に笑った。
クロードは彼らが魔境域に拠点を移してまで共同商会の仕事を続けてくれるとは思っていなかったので、内心とても驚き、そしてなぜだか嬉しかった。
この異世界にやってきてから出会った人々がこうして自分を認め、信じてくれる。
ここにもちゃんと自分の居場所があるのだと慰められるような気がした。
二人の話では、エルマーは来ないそうだ。
廃村ガルツヴァでのトラウマが消えないようであるし、もともと信心深い性格であったので、魔境域に対するイメージが払しょくできなかったのであろう。
ブロフォストに残り、ヘルマンの元で何か仕事をさせてもらうことになったらしい。
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