第214話 房
マルティヌス枢機卿は、当面の間、賓客という扱いでイシュリーン城内に軟禁することになった。
闇エルフ族などの亜人種を見ると、「邪神の手先め」などと罵り、尋問にならないので、情報を聞き出す役はクロード自らが引き受けることになった。
マルティヌス枢機卿は、実質的な虜囚という立場をわきまえず三食の豪勢な食事の他に、間食、酒、夜伽の女を要求し、それを拒否するとへそを曲げ、しばらく口を利かなくなるという困った人物であった。
クロードがなんとか機嫌を取りつつ、口を開かせようと苦心しているのを見かねて助力を申し出てきたのは夜魔族のヤニーナだった。
ヤニーナは一族の中から、ソニャという配下を連れてきており、彼女が尋問役を行ってくれるのだという。
ソニャは見た目、二十歳くらいの若い娘で、ヤニーナのような怪しい色気ではなく、健全な愛らしさがあった。
蝙蝠を思わせる黒い翼を隠し、その蛇のような瞳孔を持つ瞳を擬態すれば、気立てが良さそうな美しい娘にしか見えないし、とても尋問役に向いているとは思えなかった。
マルティヌス枢機卿にソニャを紹介すると、いたく気に入ったようで、ことあるごとにソニャを呼べというほどだった。
ソニャを連れて行くと、マルティヌス枢機卿はとても機嫌が良く、こちらが聞きもしない内部事情などを漏らし始めた。
なるほど、押して駄目なら引いてみろと言うあれか。
神聖ロサリア教国の国王は、教皇に頭が上がらず、教皇は聖女アガタの言いなりであること。神聖教会という組織が絶大な力を持っており、貴族たちは背教者の烙印を押されるのを恐れて、言いなりであることなどが次々明らかになった。
これなら大丈夫だろうと安心してソニャに尋問役を交代してもらってから三日後、ヤニーナを引き連れ、久しぶりにマルティヌス枢機卿の様子を見に行って驚いた。
目の下には隈ができ、頬はこけて、全身がひと回り痩せたように見えた。
それでも十分に肥満体と言えるのではあるが、なんというか少し小さくなったような気がする。
マルティヌス枢機卿を軟禁していた部屋中には、甘ったるい香のような匂いが立ち込め、それに混じって生臭い、何とも言えない匂いが充満していた。
「おお、クロード殿。ここは素晴らしい所だな。なんといってもソニャ、あれはまさに女神だ。あれの存在無くしてはもう一時たりとも生きている心地がしない」
マルティヌス枢機卿は隈の上の生気のない目を虚空に漂わせながら、椅子に深く腰掛け、呆けた様子でうわ言の様に言った。
たった三日で驚くべき変貌である。
「もうすっかりソニャの虜ですね。今なら、何を聞いても答えると思いますよ」
ヤニーナは、クロードの背後近くに身を寄せ、囁いた。
クロードはゾクリとするような声の妖艶さに思わず、動揺してしまったが、何とか平静を装い、気を紛らわそうと視線を何気なく寝台の方に向けた。
そこには横たわるソニャの肉付きの良い裸身があり、露になった尻の艶めかしさに思わず唾を飲み込んでしまう。
「クロード様も、夜魔族の房事の秘技味わってみますか。男女の和合の何たるか、その深淵をお見せしますよ。お望みであれば、私がお相手いたしますが……」
ヤニーナのしなやかな腕が腰のあたりに巻き付いてきて、吐息が耳に感じられて、クロードは思わずそこから逃げ出すようにして部屋を出てしまった。
部屋を出る時、背後からクスリとヤニーナの忍び笑いが聞こえた気がした。
やはり、夜魔族はどこか苦手だ。
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