第213話 収穫

「クロード様、随分と思い切ったことをなさいましたね」


マルティヌス枢機卿の扱いを考えていると、シルヴィアが姿を現した。

勝手に姿隠しの結界から出たことを怒っているのではないかと少し気になっていたが、銀糸の刺繍で縁取られたフードの下の顔は相変わらず穏やかな笑みを浮かべたままだった。


「すまない。心配をかけたが収穫と言えるものはこの男一人だ。侵攻を止めるには本国にいる教皇と話さなければならないらしい」


「まずは無事に帰還されたことが何よりの収穫。それよりこの場に長くとどまるのは危険です。今、神聖ロサリア教国の魔道士の追っ手を、私の手の者が押さえておりますが、念のためイシュリーン城にお戻りになるのがよろしいかと」


「その足止めをしている魔道士は大丈夫なのか」


「はい。神聖ロサリア教国はあまり魔道に重きを置いてはいないようですので、恐らく大丈夫でしょう。クロード様がローデス城に入られた際に、メイガンという者を張りつかせておりましたが、相手方に我らの存在を感知できた魔道士はいなかったようですし、魔力量を見てもそれほど多くはありませんでした。後れを取ることはないと思います」


シルヴィアの言を信じ、ひとまずイシュリーン城に戻ることにした。

マルティヌスの処遇については皆の意見を聞いてみて、それから決めよう。

聞き出したいこともたくさんある。



クロードはイシュリーン城に戻り、主だった者たちを招集するとまずは今回の魔境域侵入に関して自らが得た情報を伝えた。

侵入した一団の正体、神聖ロサリア教国の教皇が下した魔境域に新たに興った国々に対する討伐令、本拠地になっているローデス城の備えや状況など、話を聞いた皆の顔には、一様に困惑の表情が浮かんでいた。


「我らは滅びねばならぬ存在なのでしょうか?」


話を聞いていたユーリアがふと呟いた。

この言葉が、この場にいた全員の心境を代弁していたのではないだろうか。


三百年以上前の神々の大戦を現に体験した者はこの場にはいなかった。

鬼籍に入ってしまったオイゲン老でさえ、その戦いの頃には生まれてさえいなかったはずだ。


自分たちが良く知らない、自分の祖先たちがした戦いの結果、邪神の手先の末裔と断定され、邪悪の烙印を押される。

しかも、人族でない亜人種には改宗し、生き永らえる機会すら与えられないという話だ。


「生きることさえ許されないというのであれば、話が早い。最後の一人になるまで戦い、神聖ロサリア教国と雌雄を決するだけだ。どちらが地上から消えてなくなるのか、そのロサリア神とやらに見物いただこう」


重苦しい空気の中、立上り、最初に声を上げたのはエーレンフリートだった。

何か吹っ切れたらしく、すっかり元の威勢の良さが戻っていた。

エーレンフリートの言葉に一同が活気づく。


アウラディア王国の重臣は、ドゥーラ、オロフなど武官が多い。

エーレンフリートにしても、この調子なのでこのままでは主戦派の意見が大多数になってしまうことは目に見えていた。


クロードは、神聖ロサリア教国の兵数と軍備をやや誇張して伝え、地の利を生かして防戦のために準備を怠らないように伝えた。

これで、血気にはやり暴発するのを押さえつつ、高まった士気を維持できればと考えた。


やはり戦をするのは最終手段にしたい。


魔境域を越えアウラディアに迫るにはまだ幾分時があるだろうし、マルティヌス枢機卿を連れ去られた神聖ロサリア教国側の動きも見る必要がある。


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