第211話 枢機卿猊下

今やローデス城の城主の間は後から入ってきた一団に押し込まれるような形で、多くの人間が密集した状態になりつつあった。

部屋のほぼ中央にいるクロードの周りを囲むようにして、デュフォール公爵率いる諸侯と肥え太った祭服の男が率いているロサリア教の紋章が目立つ武装集団がにらみ合う形になっている。


「マルティヌス枢機卿猊下、このような場までおいでにならずとも、背教者は我らが取り調べた後に、その内容を報告するとともに身柄を引き渡すつもりでおりました」


デュフォール公爵は先ほどまでと打って変わり、作り笑いを浮かべながら祭服の男に声をかける。


枢機卿ということは、このマルティヌスという太った男は、魔境域への出征を言い出した例の教皇側の人間なのだろう。


「だまらっしゃい。デュフォール、他の貴族の方々もそうですが、あなたはどうもロサリア神への信仰が薄いようですね。この件は教皇聖下に報告させてもらうとして、その魔境域の者の身柄はわれらが預かります」


マルティヌス枢機卿は息をするのも苦しそうな様子で、顔中に浮かんだ汗を配下の者に拭かせながら言った。


奇妙なことになった。

自分の身柄を巡って、神聖ロサリア教国内の二つの勢力が睨み合う形になってしまった。

こうなってはデュフォール公爵との交渉どころでは無いし、どうやらこの出征の最終的な決定権は教皇にあるらしいので、このマルティヌス枢機卿と話すべきか。


いっそのことこの場に集まった要人たちを全員亡き者にすることが出征断念をさせる上で効果的ではないかなどと思いついてしまったが、さすがにそれはしたくなかった。

国を統治する者として、人を殺したくないなどと考えるのは甘すぎるのだろうか。


「身柄を預かっていただけるなら、とてもありがたい。そやつは拘束を自ら解き、我らも手を焼いておったのです」


デュフォール公爵の言葉でようやくクロードが拘束されていないことに気が付いたようだ。後から入室してきた者たちが色めき立つ。


「マルティヌス枢機卿猊下をお守りしろ」


枢機卿の引き連れてきた兵士たちが取り押さえようと殺到してくるが、度重なる≪恩寵レベルアップ≫で、相当の能力値差があるのか、もともとの数値に開きがあるのかわからなかったが、大の大人が五人がかりで取り押さえにかかってきても体を少し本気で左右に振るだけで、抑え込んでいる全員を簡単に吹き飛ばすことができてしまう。


「こいつ、抵抗する気だぞ」


吹き飛ばされた一人が声を上げるとにわかに室内の兵士たちが一斉に抜剣する。

前方出入口付近に二、三十人。背後のデュフォール公爵側が、諸侯を入れてやはり三十人前後と言ったところか。

姿を隠している敵魔道士の存在も気にはなるがこれほど密集した状況では、巻き添えを恐れてそれほど大掛かりな術は使えないだろう。


あえて、もう一度虜囚になることも考えたが、もっといい案が浮かんだ。


クロードはマルティヌス枢機卿の元に全速力で駆け寄ると周囲の警護の者を素手で蹴散らし、その中の一人から長剣を分捕ると、枢機卿の肩に手をかけ宙返りし、背後を取った。


「全員動くな」


クロードは、長剣をマルティヌス枢機卿の脂肪で埋まり、どこにあるかわからない喉元に押し当てた。



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