第209話 征討軍総指揮者

夜が明けて、マチアスが率いてきた先遣隊は魔境域外への帰還を始めた。


帰還とは言っても何事も無ければ森に入って二、三時間で到達できる場所からなので、大した困難はなかった。

≪危険察知≫で感知できる魔物の気配も、以前廃村ガルツヴァを目指して魔境域に足を踏み入れた時と同様に、自分がここにいるせいか警戒して遠巻きにこちらを窺うだけで一向に近づく様子が無い。

それでもゴブリンなどの小型の魔物とは何度か出くわす形で遭遇したが、アダーモというこの中年の騎士がかなりの手練れで、自分の手番はなかった。

剣の腕、指揮ぶりと歴戦を思わせるものだった。


目隠しと猿轡をされたマチアスと負傷兵を連れての移動だったので半日ほどかかってしまったが、森を出て視界が開けた後は≪次元回廊≫でショートカットを図ったので、その日のうちに神聖ロサリア教国軍の本隊の元にたどり着くことができた。


アダーモを含め、先遣隊の兵士たちは最初、≪次元回廊≫の入り口を怖がって、なかなか近づきたがらなかったが自らが手本を見せ、害がないことを証明して見せながら、ようやく納得させたが、移動後は移動後で、悪魔の所業だの魔術だのととにかく騒ぎ立てた。


神聖ロサリア教国軍の本隊は、本国とクローデン王国を結ぶ街道の側にある山の麓にあるローデス城という城塞を本拠地にしていた。

ローデス城はもともとクローデン王国の城であったが、東部二州を占領した折に接収し、魔境域侵攻のための拠点として利用しているようだ。



ローデス城が見えてきた辺りで、アダーモに両手を背後で縛るように言い、あたかも自分が捕虜であるように偽装させた。一応、拘束された状態でも全員を相手にできるので変な気は起こさぬように釘をさしておいた。


拘束を解かれたマチアスや先遣隊と別れた後は、アダーモに連れられ、ローデス城の城主の間に引き出された。


ここに来る途中、アダーモは「いいか、危うくなったらロサリア教に改宗すると言え。無駄に死ぬな」と声をかけてきた。

顔は相変わらず険しく、目も笑ってはいなかったが、少しは自分を心配してくれたのかと思うと、案外悪い人ではないのかもしれない。


「アングルーム伯が長子マチアス率いる先遣隊、只今戻りましたことをご報告申し上げます」


アダーモは片膝をつき、頭を垂れたまま口上を述べた。


「随分と早かったな。しかも兵の半数近くを失ったと聞く。臆病風に吹かれて逃げ帰ったわけではあるまいな」


城主の間の奥にある椅子に座った人物は、重々しい口調でアダーモに問いかけた。

歳は四十代半ばから後半といったところであろうか。

暗い黒みがかった金の髪と髭。眉間に入った深い溝と彫りの深い顔が年齢以上に重々しい雰囲気を感じさせる。


男の両脇には武装した将官が立っており、自分とその男の間には七人、二列になって立ち並び、こちらを見ている。

魔境域の住人であることを警戒してか、兵士も傍らに一人、出入口付近にも十数名の兵士が整列している。

加えて、姿が見えない気配もあるので、魔道士も三人ほど室内にいるようだ。


「我が隊は魔境域の手前で、悪鬼の群れなどに遭遇しましたが、これを打ち破り魔境域の侵入を果たしました。その後、森の中で身の丈が人間の何倍もある巨人や魔狼、その他様々な怪物を撃退し、遂には魔境域の住人を捕縛することにも成功したので、敵の情報を持ち帰るべく、一時帰還いたしました」


「なるほど、先遣隊の本分である情報の入手を優先したわけだな。肝心のマチアスはどうした?」


「マチアス様は、今回の任務で負傷され、体調が優れません。本来であれば這ってでも報告に上がるべきではございますが、副官のそれがしが代わりに報告に参上した次第です。どうか平にご容赦を」


アダーモはさらに頭を低くする。


「そうか。マチアスにご苦労だったと伝えておいてくれ」


「マチアス様にとっては閣下のお言葉が何よりの褒美。傷もすぐさま癒えましょう」


このアダーモという騎士は、言いよどむことなく冷静に受け答えしたように思える。

マチアスと先遣隊が非難を受けぬように、むしろ功績を前面に出して、当たり障りなく報告を終えた。


「それで、アダーモ。その若い男が魔境域の住人か? 」


さて、次は俺の番だ。

どのように受け答えすれば、目的を達することができるだろうか。

先ほどから場を観察する限り、この閣下とアダーモが呼んでいる人物が最高権力者だとみて間違いあるまい。

奥の玉座についていることから神聖ロサリア教国でもかなり高位の人物なのだろう。

報告を直に聞く姿勢から、何事も自分で差配しなくては済まないタイプだと推察できる。この場にいる誰も口を挟まないこと、そして顔色をうかがうような態度から、担がれている神輿ではなく、今この軍における支配的立場の人間であることもわかる。


「閣下、この男こう見えて武勇が立ち、先遣隊の総がかりでようやく捕縛に成功いたしました。この男との遭遇が無ければ、我らはさらに奥地まで行くことができたのですが、非常に無念でなりません。捕縛され大人しくしておりますが、どうか、御油断無きよう」


アダーモは顔を上げ恭しく答えた。


尋問の内容を聞かれたくないのであろうか、玉座の男は、「わかっておる。もう下がって良いぞ」とアダーモを退出させた。



「さて魔境域の男よ。名は何という。お前は何者だ」


さて、どう答えようか。

あなた方が攻めようとしている魔境域に新たに興った国の王ですと正直に答えたらどんな反応が返ってくるだろうか。

それとも魔境域の情報は極力伏せ、相手の情報を引き出すことに専念すべきか。


この異世界ではクロードという名は割とありふれた名前であるらしいが、商会名にも使っていることもあり、辿られることはないと思うが本名を明かすことは少しためらわれる。


「おい、閣下がお尋ねになっている。答えぬか。それとも言葉がわからぬのか」


自分の傍らに立つ兵士が槍先を突き付けながら言う。


「人に名を聞く前に、自ら名乗るべきではないか。神聖ロサリア教国にはその程度の常識もないのか」


強気を見せてみよう。向こうにも魔境域に対する警戒心と未知のものへの恐れが少しはあるはずだ。


「貴様!」


「よい」


激昂する兵士を男は短い言葉で制し、話を続けた。


「その者の言うことも尤もだ。私は神聖ロサリア教国国王マクマオンによりこの地に派遣された征討軍の総指揮者にして、公爵のデュフォールだ。その身なり、簡素ではあるがただの住民ではあるまい。言動にしても、この間に立ち並ぶ諸将の中にあって少しも委縮しておらぬ」


公爵。確か貴族の中では一番偉かったのではなかったか。男爵や子爵よりは上だった気がする。

征討軍の総指揮者ということは、かなりの裁量権を持っているはずだ。

この機を逃せば、直接話をする機会はもう訪れないかもしれない。

覚悟を決めよう。


「我が名はクロード。魔境域に暮らす者の一人であり、アウラディアの王だ」


クロードは、火神業の≪発火≫ではなく、魔力の具現化による炎で上半身と両手を縛る縄の拘束を焼き切り、立ち上がった。


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