第203話 令

リタたちの報告から想像していたより酷い状況だった。

兵士たちは傷だらけで、ある者は手や足を失い、ある者は意識なく地に並べられたままになっている。

負傷してない人間を探すのが難しいほどで、皆一様に疲労の色を顔に浮かべていた。

夜魔族族長のヤニーナの話では二百人を超える人数が侵入してきたはずだが、急ごしらえの幕屋の中の人数を最大数で見積もったとしても半数ぐらいしか辿り着いていないようである。


神聖ロサリア教国の紋章をつけた騎士の一団は、魔境の森全体で言えばまだ浅い、妨害が無ければ入って数刻ほどで到達できるであろう辺りに、簡素な野営地を築いていた。


魔物の避けのつもりであろうか。盛大な篝火をたき、見張りの任についている者たちは険しい顔で周囲の森を睨んでいた。


魔境域を徘徊する魔物は大きく二つに分けることができる。


リタがその行動規範に≪命令オーダー≫を書き加えた魔物とそうでない魔物だ。

この一団がどちらの、どんな魔物と遭遇したのかはわからないが、この有様を見るにこれ以上の侵入は不可能であるように思えた。

魔物は疑似生命体であるものの、特殊な≪命令オーダー≫を受けていない場合は、普通の動物と同じく、本能的に敵わないと思う存在には自ら進んで襲うようなことはしないそうだ。

多数の魔物に襲われるということは、この魔境域に侵入するに足る力量をこの者たちが持ち合わせていないことを証明していることになる。


『クロード様、それ以上離れますと≪姿隠し≫の効果範囲外になってしまいます』


シルヴィアは≪念話≫でそう呼び掛けると背後に身を寄せてきた。


魔道というのは本当に便利なものだとクロードは思った。

敵陣のど真ん中でこうして堂々と観察していても誰一人、その存在に気が付くこともなく、すれ違っていく。

自らも体内の魔力塊から魔力を移動させそれを具現化する段階までは会得しているが、こうした高度な魔道の術が如何なる仕組みでその効果を発揮しているのかは見当もつかない。



「ふざけるな!この私に引き返せと言うのか。貴様、それでも敬虔なるロサリア教徒か。恥を知れ」


頬を打つ音と若い男の激昂する声がした。

どうやら二人の騎士が何やら揉めているようである。

ひときわ目立つロサリア教の聖印が刻まれた鎧とマントに身を包んだ若い男と中年の騎士である。


「お怒りは御尤も。ですが、このままでは何の成果もあげることができないばかりか、ただの犬死。撤退し、体勢を整えましょう。我らはこの魔境域を甘く見過ぎた」


「犬死だと。これは崇高な使命だ。例え目的が果たされなくても、その志はロサリア様に届く。教皇様はおっしゃられた。汚れた魔境域に邪悪なる王国が出現したと。その王国に住む背教者を一人殺せば天の国へ。十人殺せばさらに天上での栄誉が約束される。見ろ、この勇敢なる兵士たちを。誰一人死を恐れてはいない」


若い男は自らの言葉に酔ったかのような目で言葉を続けた。


「全軍に先駆けて、我らが為しえたこの偉大なる一歩を全てのロサリア教徒が讃え、後世に語り継ぐだろう。もし仮にこの地に骸を晒すことになっても、その骸を乗り越え、熱き信仰心を胸に宿した神の軍がこの忌々しい魔境域を焼き尽くすのだ。アダーモよ。そんなに逃げたければ、貴様一人で逃げ帰るがいい。私は自分一人になっても必ず辿り着くぞ。そして我が正義の刃を奴らの心臓に突き刺し、ロサリア様に捧げるのだ」


若い男の言葉に、アダーモと呼ばれた中年の騎士は深く息を吐き、うなだれた。







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