第五章 異世界探訪

第202話 侵入

アヴァロニア帝国三万の侵攻を受け、クローデン王国と神聖ロサリア教国の二国間で早期の講和が成立した。


休戦ではなく、講和である。


二方向から異なる国に侵攻され、窮地に陥っていたクローデン王国に対して神聖ロサリア教国側から持ちかけた講和であったらしい。

優勢である側が講和を持ちかけるというのも奇妙な話だが、アヴァロニア帝国の強大化を恐れてのことなのであろうか。


講和会議では東部二州を神聖ロサリア教国が領有することを認める合意がなされたようだが、詳しい条件については伏せられ、レーム商会を率いるマルクス・レームをしてもこれ以上の情報を得ることは出来なかったようだ。


クローデン王国としてみれば、講和により南のアヴァロニア帝国に専心できるので、渡りに船であったことだろう。

東部二州は、魔境域の森林地帯と接していることもあり、魔物の害や様々な怪異の影響で、人口も少なく畜産などの産業にも向かないことから、面積のわりに生産性が低い不毛の土地であった。

国の威信には大きく傷がついたものの、実利の面で考えればそれほどの痛手ではない。

それどころか神聖ロサリア教国からは、アヴァロニア帝国の侵攻に対して一万の援軍が得られることになったようで、情勢はかなり好転したと言えるのではないだろうか。


奪われた東部二州は、神聖ロサリア教国と隣接していることから、ロサリア教徒が特に多く、今回の侵攻の建前もこの二州のロサリア教徒保護であったが、多神教で宗教に対する縛りが特に存在しないクローデン王国内においてロサリア教徒が迫害されていたという事実はない。

むしろ九柱の光の神々の主神であるロサリアは最も信仰を集める神であり、クローデン王国国民の大半が信仰対象に選んでいるほどであるらしい。


東部二州の掌握がロサリア教徒保護でないなら、神聖ロサリア教国の本当の狙いは何か。


その一端が垣間見えたのは、両国間の講和が成立して間もなくのことである。




二百人を超える武装した兵士が魔境域に侵入した。


この知らせを持ってきたのは夜魔族のヤニーナだった。

深緑の美しい長い髪に、白い肌。

最近は背中の羽を隠した状態で現れるので、ぱっと見は人族とあまり変わりがないが金色に光る蛇のような瞳孔がミステリアスな印象を強めていた。


相変わらず何を考えているかわからないところがあるが、それでも以前よりは頻繁に会いに来てくれるようになったので少しは心を開いてくれ始めたのかもしれない。


部下に命じても良いところ、自ら報告に来てくれた。



夜魔族たちが魔境域内に張り巡らしている結界は、首都アステリアの結界とは異なり、外からの侵入者を感知し、その者たちに方向を誤認させやすくする程度の認識誤認の効果が込められたものだが、その結界に反応があったそうだ。


少し遅れてリタが報告に来た。

彼女が魔境の森に放っている監視用の魔物≪眼魔ギロ≫たちとの視覚共有によると、神聖ロサリア教国の紋章をつけた騎士の一団が新たに神聖ロサリア教国領となった東部二州側から侵入し、放っていた魔物と交戦の後、辺りの木を切り倒し、野営の準備に取り掛かり始めたところなのだという。


野営の場所は、まだ首都アステリアからはかなり遠く、魔物たちとの戦闘で部隊の被害がかなり出ているようなので、援軍でも来ない限りは魔境域の森を越え、ある程度開拓されはじめた辺りまで辿り着くことは到底出来そうもない状況だとの報告だった。


侵入した騎士の一団は、その人数や規模からいっても本格的な侵攻というよりは、偵察あるいは先遣隊の様に感じだろう。


だが、妙だ。

もし、ルオネラ一派が背後にいるのであれば、何のためにやらせているのだろう。

連中にとって魔境域は勝手知ったる場所であろうし、今更そんな回りくどいことなどする必要はないはずだ。


神聖ロサリア教国の狙いは一体何だろう。

魔境域の侵略が目的であるならば、もっと大規模な侵攻になるはずだ。


≪三界≫で出会ったルオは、あの時、デミューゴスの所在は神聖ロサリア教国だと言っていたが今回のクローデン王国への侵攻、そして魔境域への侵入に関与しているのだろうか。











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