第205話 狂信的信仰心

マチアスの声を聞き、集まってきた兵士たちは少しずつ取り囲むようにして間合いを詰め、こちらに殺気を込めた視線を向けている。


百人前後だろうか。

負傷している者もそうでない者も手にはそれぞれ得物を持ち、今にも飛びかかってきそうな剣幕である。


これほどまで多くの人間に殺意を向けられたのは初めてのことだ。

危険察知のスキルが必要ないほどに、全身に悪意ある視線を感じる。

場に満ちた怒気は、仲間を捕らえられたことに対するものか、宗教的敵対者に向けられたものかはわからなかったが、一触即発の様相を呈していた。


「皆、待て。ここは俺に任せてくれ」


アダーモという名の中年の騎士が集まってきた兵士たちに呼びかけるが、一種の興奮状態にあるのか、耳を傾けている様子は無い。


「俺に……かまうな。俺ごとこの背教者を刺せ……」


狂信的なまでの信仰心がそうさせるのか、このマチアスという若者は死ぬのを恐れてはいないようだった。

この周囲の兵士たちもそうだが、よく見ると非常に若い。

ある程度年齢が言っているのは目の前のアダーモだけで、後の者はまるで新兵ばかりであるかのように十代から二十代前半くらいに見える。


本当に人質ごと刺してきそうだったので、マチアスをアダーモの方に突き飛ばし、解放してやった。


マチアスはアダーモに支えられながらも、戦意を失っていないようですぐさま、「殺せ。背教者を八つ裂きにしろ」と命じた。


周囲を囲む兵士たちがじりじりとさらに間合いを詰めてくる。


巻き沿いになって死なれてはかわいそうだという自分の思惑はどうやら伝わらなかったらしい。

ロサリア教を深く信奉する彼らにとって自分は、同じ人族の外見をしているにもかかわらず、地上から滅するべき存在に過ぎないようだった。


魔境域に住んでいる。ただこの一事実のみでこれほどまでの憎悪や殺意を他者に抱けるものなのだろうか。これがもし人族と異なる外見を持つ亜人たちが相手であったなら、どれほど恐ろしい目に合うことか。


やはり神聖ロサリア教国軍をミッドランド連合王国に近づけるわけにはいかない。


だが、如何に恐ろしい教義に染まっていようとも、同じ人間を殺すなどしたくはない。


かつてオーク族の部隊に襲われた時は、その外見から人間だという認識が薄く、手にかけてしまったこともあったが、その後彼らと交流を重ねるうちにその命の尊さは、人間と何も変わらないのだという認識を持つに至った。

今同じような状況になったとしたならば、オーク族であっても殺す事は避けたいと思う。


ましてや相手は人間だ。


百人近い殺意を自分に向けてくる集団を殺さずにやり過ごすことができるだろうか。


「死ね。汚らわしい邪神の手先め」


背後にいた兵士がまず飛びかかってきた。

それと同時に三人ほどが付きの構えで突進してくる。


クロードは、高速で後ろに飛びのき背後の敵の腹部に肘打ちをくらわすと、鉄の長剣を抜き、向かってくる三人の剣を凄まじい速さで叩き落とした。

下手にかわすと背後から来た敵に三人の突きが向かう恐れがあったからだ。

それほどの勢いだった。

自分の命ごと相手にぶつけるような、躊躇いの無い殺意。


「何をしている。かかれ、かかれ!」


マチアスの号令に次々兵士が襲い掛かってくる。


普段からオロフやドゥーラと手合わせしていることもあり、彼らとこの兵士たちとの力量の差がはっきりと感じられる。天と地ほどの差と言ってもいい。


粗削りで未熟。技術ではなく気迫でどうにかしようとするような泥臭い戦い方。


彼らが全員動けなくなるまで、それほど時間はかからなかった。

殺してしまわぬように、優しく手加減したつもりであったが、中には骨折などの重症の者もいるかもしれない。


苦痛に呻く声と無念を嘆く叫びがあちらこちらで聞こえた。

すすり泣く者もいた。


気を失って身動きしなくなった者も多いが殺してはいないはずだ。


「化け物……」


マチアスの呆けたような声が聞こえたと同時に、膨大な数の文字や数字が螺旋状になりながら降りた後、整列し、再び落ちてくるような心象が浮かんできた。


恩寵レベルアップ≫だった。




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