第200話 臣従
白魔道士と対を成す存在に、黒魔道士と呼ばれる者たちがいる。
彼らは基本的に個人主義で、魔道の神髄と術理の探求にのみ関心を示し、ほとんどの者が徹底した秘密主義者である。
弟子を取ることもあるがそれは、例えば儀式のための助手を得るためであたり、何かよほどの事情がある場合に限られる。
非魔道士に比べて長寿で、不老不死を最大目標とする黒魔道士にとって生涯をかけて会得した魔道の術は、後進に伝え残すべきものでは無く、他者に伝授されることは稀だ。
白魔道士でも黒魔道士でもない魔道士は、白魔道の厳しい戒律と修練に落伍した者や弟子をする傍ら、師から術技を盗み取った者たちが自身の流派を立ち上げその数を増やした末、世俗の職業としてその地位を確立した者たちである。
これら白黒の魔道士たちから≪灰色≫と見下される者たちは、各国の王侯貴族たちに取り入り、その地位を高めていった。
常人から見れば超常的な力を有している魔道士は重宝され、今や魔道士団を持たぬ国はない。所属している魔道士の数と質がその国の軍事力に大きな影響を与えるというのが常識となっているそうだ。
ただ、それは俗世に限定された話である。
古来からの知識の蓄積と継承により治癒の技と防護の術に長けた白魔道士と、禁忌の実験の末、白魔道では到達しえない真理に基づく、破壊と魔道戦に長けた黒魔道士。
真の意味で魔道士と呼べるのは、白魔道士と黒魔道士だけというのが魔道士たちの共通認識だ。
その白魔道士と黒魔道士でさえも個々の魔力と力量で言えば大きな隔たりがある。
多人数による連携や儀式、その総合力では白魔道士に優位性があるが、基本的に個々の魔道士の実力は黒魔道士が他を圧倒する。
かつてクローデン王国の祖、クロード一世には、堕ちた神ルオネラと対峙する以前より二人の魔道士が付き従っていた。
≪白魔道を極めし者≫バル・タザル。
≪黒魔道の深淵≫グルノーグ。
二人の魔道士は、クロード一世の傍らで、堕ちた神ルオネラの打倒を助け、その後の王業を支えた。
清廉で慎み深い白魔道士バル・タザルとは対照的に、グルノーグは世俗的地位を求め魔道卿を名乗り、諸大臣を凌ぐ相国の地位でその権力をほしいままにした。
他の貴族たちと結託し、最大派閥を築き上げたグルノーグは、様々な策謀を駆使し、徐々にバル・タザルを孤立させ、政界から追放した。
クロード一世は不老で、即位後七十年近く王位にあったが、その子孫たちの間で権力闘争が勃発し、その時の政変の最中、謎の怪死を遂げた。
その当時の人々は、追放されたバル・タザルが復讐心に駆られ、クロード一世を弑したのだと考えたそうであるが、シルヴィアが師である本人から聞いた真相は異なる。
巨大な魔力の衝突と天体の運行の乱れを察知したバル・タザルが王城に駆け付けると、そこにはすでに事切れたクロード一世とその子孫たち、そして重傷を負った≪黒魔道の深淵≫グルノーグの姿があった。
何があったのかクロード一世たちの死体は痩せ細り、骨と皮を残すばかりとなっていた。グルノーグに事情を問いただすと、彼はただ「喰った」とだけ言い、バル・タザルに魔道による戦いを挑んできた。
王城を半壊させるほどの激しい魔道の応酬の末、負傷し弱っていたグルノーグを辛くも退けたバル・タザルは、自身も深手を負い、ブロフォストを去った。
シルヴィアは語る。
この世界には表と裏がある。
クロードが認識してきた世界を表とすると、漂流神、魔神、妖異、そして魔道士たちが潜む裏の世界がある。
バル・タザルに敗れた後、姿を消した≪黒魔道の深淵≫グルノーグ。もはや魔道士たちの間ですら、その存在が疑われつつある伝説の魔道士アヴェロエス。そして古代エルフ族の預言者にして大魔道士の呼び声高きエルヴィーラ。その他にも力を蓄え、虎視眈々と魔道界の勢力図を塗り替えようと考えている魔道士たちが多くいる。
魔道に対抗するには魔道。
これら裏の世界の脅威からクロードを守るのが白魔道教団の役割と使命であるとシルヴィアは告げ、以後の臣従を誓った。
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