第199話 救済者

「この三人の男たちはおそらくクローデン王国の魔道士団の斥候でしょう。姿を見られた以上、こうする他はありませんでした。新手が来るとまずい。場所を変えましょう」


シルヴィアの言葉に従い、念のためわざと回り道をするように中継地点を選び、≪次元回廊≫で魔境域内のイシュリーン城に戻った。

氷漬けになった三人の死体は処分しなくても良いのかとシルヴィアに聞くと、かえって神聖ロサリア教国の魔道士とやり合ったように見えるのでこのままの方が都合が良いという話だった。


クロードは自らの執務室にシルヴィアを招き入れ、詳しい話を聞くことにした。

シルヴィアは用心深く、執務室内に、かつてオイゲン老が施してくれたように魔道の結界を張り、ようやく表情を崩した。


「まずは改めまして、私は白魔道教団のシルヴィア。わが師、バル・タザルから御身を影ながら警護するようにめいを受けておりました。その存在が知られてしまった折にはクロード様の指示に従うようにとの教主の言伝です」


シルヴィアの話では、アウラディア王国を建国した頃から、警護についていたようで、周りの人間も含めて、そのことに全く気が付かなかったことに驚かされた。


「ロン、姿を見せなさい」


シルヴィアがそう命じると、彼女が座っているソファの背後に白いローブを着た背の高い男が姿を現した。


敵意は感じないものの、この男もまたかなりの魔力を持っている。

バル・タザルを百とすると、シルヴィアが八十、この男が六十といった感じか。


「クロード様、この者は敵ではありません。この男の名はロン。私と同じ白魔道教団に属するもので私の配下の者です。クロード様の警護には私以外にも三名の白魔道士がついております。クロード様は不思議な力で遠隔地を移動されるので、一人ではなかなか務まらないのです」


シルヴィアは苦笑いするとロンに下がるように言った。

ロンは恭しく頭を下げ、「以後お見知りおきを」と言い残すと姿を消した。


シルヴィアの張った結界はこの執務室を隔絶するものではなく、この部屋の中にいる者の魔力と気配を外にいる者に感知されないように隠蔽するためのものであるらしい。あまり強すぎる防護結界を張るとかえって魔道士には目立ちすぎて、ここにいるぞと言っているようなものになってしまうため、最低限の効果しか持たせていないのだそうだ。


魔道士――体内に宿る魔力を操作し、現実界に干渉する力と技術を有する者。


かつて、バル・タザルはそのように説明していた。

クロード自身も自らに眠る魔力の存在を気付かせてもらい、その感知と操作の手ほどきを受けた。


「シルヴィア、君は警護と言ったが、バル・タザルは一体何から俺を守ろうとしているんだ? 確かに先ほどは助けられたが、あれは戦場に不用意に近づいたのが悪いし、普段から何かに狙われているというようなことはないと思うのだが……」


「クロード様は、御自身の存在がこの世界に及ぼす影響を理解しておられない」


シルヴィアは、その神秘的な銀色の瞳をこちらに真直ぐ向けたまま語り始めた。


「よろしいですか。クロード様は、この世界のおおよそ魔道士であると自負する全ての者より強大な魔力をお持ちです。そうであるにもかかわらず、その魔力の全てを余すことなく制御する術と悪意ある魔道から御身を守る術を知りません。これは長きにわたる修行を経た生粋の魔道士ではないことに由来するのですが、これの意味するところは、ひとつ。例えば、何らかの方法でクロード様の意識を奪い傀儡とすることができたのならば、その者がこの世界で最強にして最大の魔力を有する魔道士になり得るということなのです。クロード様が悪しき者の手に落ちることはすなわち世界の危機。これを防ぐことが我ら白魔道教団の目的なのです」


どうにも話が見えてこない。

バル・タザルからも膨大な魔力を持ちながら、魔力の操作方法を知らないことの危険性については教わったが、そのようなことは何も言っていなかった。


「師は、自らが見守りつつ、魔力操作を教え、ゆくゆくはその魔力の大きさを隠す術を身に付けてもらうという考えだったそうなのですが、クロード様が国を興されたり、各地でその魔力を使い派手な活動をされたことで、その存在が世界中の魔道士や魔力を糧とする妖異どもに少しずつその存在を知られつつある状況になってしまったことを危惧されたのです。それ故に、一度は出奔した白魔道教団に戻り、教団を預かる身だった私以下、教団に所属する白魔道士二十四名にクロード様への警護と助力を命じられました」


「それは、アウラディア王国の王である俺の配下になるということではなく、あくまでも独立した意思を持って、外部から協力してくれるという認識で良いのだろうか」


「師からはクロード様の指示に従う様に申し付けられておりますので、クロード様の配下という扱いで構いません。ただ、我らは白魔道士。戒律に縛られていますので、俗世において成し得ることはそれほど多くはございません」


シルヴィアの説明では、この世界の白魔道士は、様々な掟と規律に従わなければならない。例えば魔道士以外の普通の人間に魔道の術を用い、危害を与えることを禁じられているので、先ほどの魔道士三人組の様に、軍隊の一部隊として働くというようなことは出来ない。

さらには魔道の術を使って特定の権力に利する行為を禁じられているので、白魔道教団を国の一機関として機能させるのは無理であろうということであった。


「アウラディア王国の臣下というのではなく、クロード様の私的組織とお考えください。それが結果としてアウラディア王国に恩恵を与えることになるとしても白魔道の戒律には触れません」


「何か、詭弁のような感じがするが?」


「白魔道教団の教主であるバル・タザルは、クロード様を≪世界を混沌より救い導く者≫すなわち≪救済者≫と見定められました。われら白魔道士は≪救済者≫を助け、より良き世界に導くことを本懐とする者です。それゆえ、クロード様に従うことは白魔道の徒にとってこの上も無き喜びなのです」


シルヴィアは穏やかな笑みを浮かべながら、静かにそう語った。

そうだ。彼女から受ける中性的な印象は何か思案していたが、ようやく近いものに思い当たった。

彼女からは霊験あらたかな仏像や神像を前にしたような無機質ではあるものの、決して冷たさは感じない、侵し難い威厳と落ち着きを感じる。

自分よりは少し年上であるぐらいの年齢に見えるが、どのような人生を送ればこのような佇まいとなるのか。もしかするとエルフ族同様、自分が考えているよりかなり年上であるかもしれない。


彼女が嘘を言っているような印象は微塵もないが、出会ったばかりということもあり、やはり鵜呑みにする訳にはいかない。バル・タザルの名を出してきたものの、直に彼の言葉を聞いたわけではないのだから。


「すまないが、まだ完全に信用するわけにはいかない。様々な存在や魔道士たちが俺の魔力を狙っているという話だったが、それは白魔道教団も同じではないと言い切れるか? それに肝心のバル・タザルは今どこで何をしているんだ。なぜ、姿を見せない」


「クロード様が仰ることは御尤もでございます。その慎重さは必要なもの。黒魔道士は目的を達成するためならば手段を選びませぬ。我らもクロード様からの信頼を得るためには、更なる献身と時が要りましょうが、そのための労は厭いません。教主バル・タザルの所在については私も知らされておりませんが、クロード様の力になるには更なる力が必要と申しておられたゆえ、恐らく我ら白魔道の最高秘術≪入寂≫の儀式に挑んでおられるかと……」


シルヴィアは少しの悲しさと誇らしさが入り混じったような複雑な表情をした。









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