第198話 白魔道士
泣き顔を見られたくなかったのか、エーレンフリートはこちらに背を向け、目の辺りを何度も手で拭う仕草をした。
クロードは遠く戦場の方に視線をやり、気が付かないような風を装った。
合戦のあった場所では神聖ロサリア教国の雑兵と思われる者たちが戦死者の装備品や金子などを奪う
「すまない。もう大丈夫だ」
ようやく落ち着きを取り戻した様子のエーレンフリートを連れ、そろそろ首都アステリアに戻ろう考えた時のことだった。
突如、≪危険察知≫のスキルに反応があった。
敵意というほどではない。こちらを探るような反応が三つ。
その反応は、三方向から素早く近づいて来て、あっという間にクロード達の周りを囲んでしまった。
奇妙なことに、反応はすぐ近くにあるのに姿は見ることができなかった。
周囲には立木などの障害物もなく、視界を遮るものは何もない。
「クロード様、どうかしましたか」
どうやらエーレンフリートはまだ気が付いていないようだ。
クロードが魔力探査で反応があった辺りを調べてみると、微かにではあるが魔力の痕跡があった。
間違いなく何者かがそこに存在する。
「何者だ。姿を見せろ」
クロードの言葉に、エーレンフリートも利き腕ではない右手で細剣を抜く。
「なるほど、いかなる国の間者か知らぬが、魔術の素養があるようだな」
その言葉と共に黒いローブを身に纏った三人の男が姿を現した。
どうやら魔力を使った何らかの技で姿と魔力を≪隠ぺい≫していたようだ。
その魔力の所持量を見るに、一般人の十倍近くはあり、その姿くらましの技からしても、魔道士の類であることは推察できた。
「剣を捨てて、両手をみえるように挙げろ。妙な真似をすれば命はないと思え。貴様らにはいくつか聞きたいことがある」
正面の男が、右の掌に炎の塊を浮かび上がらせ、不敵な笑みを浮かべた。
クロードは少し様子を見ようと思い、両手を挙げて、敵意が無いことを示す。
帯剣はしているものの、少し良質な程度の鉄の長剣だったので、使う気はなかった。
魔力を纏った斬撃の威力に耐えうる強度が無いので、本当にただの飾りだ。
愛用していた魔鉄鋼の長剣は溶けた後、冷えて固まりただの金属塊になってしまったので、ドワーフ族の名工に打ち直してもらうため、預けたままだ。
「待て、少し妙だぞ。そのダークエルフは少し高い程度だが、もう一人の男から魔力を全く感じない。魔力を隠蔽している可能性があるぞ」
左後方の男が慌てたような声を上げる。
魔力を隠蔽?
そんな高等な技術は持ち合わせていない。
何かの間違いではないのだろうか。
「ガロ、妙な動きをされると厄介だ。まずは意識を奪え。尋問は薬を使えばいい」
右後方の男が物騒なことを言いながら、魔力塊の魔力を操作し、何らかの術を使おうとした。
仕方ない。クロードは、逆にこの三人を捉え、目的などを聞き出すことに決めた。
まずは右後方の男を標的に定め、オロフ直伝の狼爪拳の構えを取った瞬間、三人が立っている位置に、氷の柱が立ち現れ、魔道士風の男たちは叫び声を上げる暇もなく、氷柱の中に閉じ込められた。
「何が起こったのでしょう? 」
エーレンフリートが細剣を鞘に戻しながら尋ねてきたが、それは自分もわからなかったので答えることは出来なかった。
ただ、氷の柱が出現する少し前、クロード達の上空に魔力の強い反応があったが今はもう何も感知できない。
≪危険察知≫に引っかからないところを見ると、少なくとも敵ではないようだ。
魔道士風の男たちは、氷柱の中で息絶えており、琥珀の中の蟲の様に身動き一つしていない。口を割らせることは出来なかったが所持品などからは何か掴めるかもしれない。
「そろそろ降りてきて姿を現したらどうだ。姿を見せられない理由でもあるのか?」
クロードは、天を仰ぎ、声をかけてみた。
もうすでに魔力の痕跡は消えて何も感じられないが、駄目でもともとだ。
先ほどの三人と比べると魔力の大きさ、隠蔽の精度からしてもかなり
やはり、出てこないかとため息をつき、エーレンフリートの方を振り返って、驚いた。
クロードの目前に、片膝をついたままの姿勢で控える人影が忽然と現れた。
銀の刺繍が入った白いローブを身に纏い、フードを目深にかぶっている。
「クロード様、姿を隠したまま、大変ご無礼をいたしました。私はシルヴィア。白魔道教団の教主バル・タザルの命で、極秘に身辺を警護させていただいておりました。相手が魔道士だったこともあり、不測の事態が起きてはと思い、勝手なことをしました。どうかご容赦ください」
シルヴィアと名乗ったその女性は、フードを取り、その素顔をクロードに晒した。
白髪銀眼の特異な容貌であったが、歳はまだ若く二十代半ばぐらいに見える。
美しいが、何か性別を感じさせないような中性的な印象だった。
突然の出現にも驚かされたが、もう一度聞き返したくなる名前が彼女の言葉の中にあった。
白魔道教団の教主バル・タザル。
自分が良く知るあの陽気でなかなかに癖が強い、あの導師バル・タザルのことであろうか。
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