第197話 偵察適任者

「なるほど、これが人族の戦のやり方か。そしてこの膨大な兵数。これが全軍ではないというのだから驚かされる。確かに現時点では我が国と格段の開きがある」 


エーレンフリートは、その形のいい眉を顰め、驚嘆の声をもらした。

初めて見る数千を超える軍同士による合戦の迫力に圧倒されたのか、しばらく身動き一つせずに戦況を見つめていたが、クローデン王国軍が撤退を始めたところでようやく感想を口にした。


クロードは、エーレンフリートと共に、クローデン王国の東部二州にほど近い丘陵から、クローデン王国と神聖ロサリア教国の戦争の様子を眺めていた。


ミーアの話では、神聖ロサリア教国は東部二州を固めるつもりなのか、拠点を築き、州境に防柵を設置するなど、これ以上の侵攻を行うつもりが無いようであった。この地を取り戻そうとするクローデン王国軍は何度かこの地に軍を派遣しているようだが、芳しい成果は上げられていないそうだ。


偵察というほどのはっきりした目的があったわけではない。

自分自身、合戦というものをドラマや映画でしか見たことがなく、また両国の軍事力がどの程度の規模なのか全くわからなかったので、一度見ておこうと思ったのだ。


地形は見晴らしのいい平野ということもあり、奇襲奇策というものはなく力と力のぶつかり合いとなった。目算ではあるが、両軍とも五千近い軍勢で、兵数はほぼ互角であった。

クローデン王国軍は騎兵の突撃に歩兵が続く形で、神聖ロサリア教国は横陣を敷き、これを迎え撃つ形だった。


正面から突撃したクローデン王国軍は、木杭で作られた障害に阻まれ、得意の突破力を発揮できず、神聖ロサリア教国の弓兵部隊の格好の的となった。空を覆いつくす矢の雨に多大な被害を受けた後、追撃されさらに多くの屍を晒すこととなったのである。


神聖ロサリア教国軍は深追いせず、十分な戦果を上げると自らが設置した馬避けの乱杭の防衛線の内側に引き上げていった。


それにしても戦術等の知識が無い自分の眼から見ても、クローデン王国軍は無策すぎる。どのような人物が指揮官かわからないが、何度かやり合っている状況で、正面から突進するだけでは、ただ被害を出すばかりではないか。あれでは従う兵が可哀そうである。



「クロード様、それにしてもなぜ私を連れてきたのですか。偵察であれば、役立たずの身となった私よりもオロフやドゥーラなど他に適任の者がいたのでは? 」


エーレンフリートは、少し困惑したようで尋ねてきた。

利き腕が思う様に動かないことが彼の自信を奪ってしまっているのだろうか。

かつて、岩山の里で一騎打ちを挑んできたときの覇気が感じられない。


「エーレンフリート、二人の時は呼び捨てで良いって言っただろう」


「あの時とは立場が違います。どうかご容赦を」


容姿に優れたものが多い闇エルフ族の中でも際立つ、この美丈夫は一瞬、表情緩めたがすぐに視線を逸らし、下を向いてしまった。


「なぜ、連れてきたか。それは、お前が自分の力の及ばない相手に対して絶望せず、立ち向かおうとする闘志を持った男だからだ。憶えているか? ザームエルの配下がユーリアたちを供物にと要求してきたとき、失意のあの里の中でお前だけが、あの強大なザームエルと戦おうとしていた。もし人族の戦力が想像を超えて巨大だった場合、他の者では戦意を喪失してしまう恐れがあった」


「あれは、ただの若気の至り。里で一番の剣の使い手だと自惚れ、現実がわかっていなかった。クロード様に敗れ、その後の数々の失態。私は自分がいかに弱く、愚かで、未熟であったのか、思い知りました。その上、今は頼みの剣術にさえ、見放されました」


エーレンフリートは眉間に皺を浮かべ、唇を噛んだ。


「エーレンフリート、お前が自分をどう思っていようが、俺は頼りにしている。オイゲン老が亡くなって、お前にまで相談できなくなったら、俺は誰を頼れば良い? 俺にはお前が必要なんだ。どんな状況でもあきらめずに挑もうとする、お前が」


クロードはエーレンフリートの力なく震える左肩に手をかけ、その目を真っ直ぐに見つめた。

これはただ励まそうという意図から出ただけの言葉ではなく、クロードの本心も含まれていたはずだった。

この異世界に来て、多くの知り合いができたが、実際に剣を交え、様々な苦難を共有した人間はそれほど多くない。自信にあふれ、前向きで積極的な考えを持つエーレンフリートをどこか頼もしく感じていたのは事実だ。

だが俺はこんなにも器用に思ったことを伝えられる人間だっただろうか。

気落ちする人間を鼓舞するような、そんな他者との関わり合いはしてこなかったはずだ。

少し前の自分であれば歯が浮くような台詞にすら思えたかもしれない。


何らかの効果を期待して放つ見え透いた言葉。

そういったものを自分はあまり好きではなかった。


戦についても同様だ。

両国間の戦争に巻き込まれない方法を考えていながら、その内心は昂り、戦そのものに強く惹きつけられるものを感じていた。

遠く見えるあの地では無数の血が流れ、尊い命が失われているはずだ。

だが、その光景、その状況を今の自分はあまり嫌悪していない。


火神オグン、石神しゃくじんウォロポ。

取り込んだこれらの神々が何か影響を及ぼしている可能性はあるのだろうか。


それとも今日までの異世界暮らしと様々な経験が自分の価値観を変えてしまいつつあるのか。



束の間、自らの内面の変化に戸惑って思索に没頭してしまっていたが、ふと気が付くとエーレンフリートの両目からは涙があふれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る