第196話 東部二州占領

ミッドランド暦元年の夏の終わり。

闇エルフ族の古暦と天候記録を整理して作った暦の上では、光緑月の二十三日。

連合王国の五カ国体制が定まり、アウラディア王国の国としての歩みがようやく始まったこの時期に、魔境域外でも動きがあった。


クローデン王国の東に位置する神聖ロサリア教国が国境を侵犯し、東部の二州を占領してしまったのである。この二州はロサリア教徒が多く、その信仰を保護するという建前ではあったが、どう取り繕ってもクローデン王国からすれば重大な侵略行為である。


クローデン王国の国王エグモントは、神聖ロサリア教国の大使を呼び、厳重に抗議した上で東部二州からの即時撤退を主張したが、これを拒絶され、両国間の戦が始まってしまった。


両国は過去に国境付近でのいざこざは多少あったものの、南のアヴァロニア帝国の脅威に対抗するという共通の目的があったため、比較的友好な間柄であった。

それが何故、それもこの時期なのか。クローデン王国側は大いに困惑し、初動が遅れてしまった。事態を確認している間に東部二州を占領され、その州境に防衛線を引かれてしまった。


クロードは、商会を任せているミーアからこの二国間の戦争勃発を知った。

急な開戦で、物価が高騰し、今後の対応を相談されたのだ。

兵糧としての穀物需要は高まり、その他の物資も相当割高になったので、ヘルマン商会とも協議した結果、当面の輸入は価格高騰の影響を受けない品目に限定することにした。

冬が来るまでにもう少し国庫の食料備蓄を増やしたいところであったが、元遊牧民族でもあるラジャナタンに酪農や畜産をさせるための家畜の購入頭数が順調であったこともあり、今は無理をする状況にない。


だが、クロードとしては、この二国間の戦争を対岸の火事とみる訳にはいかなかった。

東部の二州が神聖ロサリア教国に占領されたことにより魔境域と隣接する国家が二つに増えてしまったからだ。≪三界≫で出会ったルオの話によれば、神聖ロサリア教国にはデミューゴスがいる可能性があり、この突然勃発した戦争も何か関係があるかもしれない。


クロードは魔境域と両国の隣接地に偵察のための斥候を派遣し、リタの頼んで≪魔物≫の配置を増やしてもらうことにした。魔石から生成する魔物に書き加える命令オーダーは、「魔境域に侵入しようとするものを追い払え」とした。



クロードはこれを機に国制及び軍制の整備に着手した。

アウラディア国内の民に、魔境域外の戦争勃発を隠すことなく伝え、防備の必要性を説いた。

少し卑怯な気もしたが、外の脅威に目を向けさせることで、緩みつつあった種族間の結束を取り戻すきっかけに利用する狙いもあった。


アウラディア王国は宰相を置かず、各担当の大臣を置き、その下部組織によって国政を行うことにした。

クロード不在時は各大臣の合議制によって、物事を決め政が滞らないようにした。


有事の際の軍制については、ドゥーラ、オロフを将軍職に据え、もう一軍はクロード自らが指揮を執ることに決めた。


ドゥーラは、竜人族を中心とした炎竜騎士団、三百人。

オロフは、アステリアに残留した狼頭族を中心とした多様な種族構成からなる白狼戦士団、五百人。

クロードは、まだ利き腕の傷が癒えないエーレンフリートを参謀に、闇エルフ族と人族からなる国王軍約千人を率いることにした。

正直、ゲーム以外で戦の指揮などやったことはないし、軍略の知識もない。

魔境域の人々も戦らしい戦を長きに渡りしていないのでその道に精通した人間はいない。エーレンフリートも同様であろうが、何かと話しやすく相談できるので傍らにいてくれると心強い。


この軍勢の数については、あくまでも希望的観測に基づく最大数であり、実際に動員できる数はもっと少ないかもしれない。

アウラディア王国のいわゆる職業軍人は指揮に携わる者が主なので、その他は募兵に頼るしかない。


この異世界の他の国々がどのくらいの戦力を有しているかはわからないが、建国の産声をあげたばかりのアウラディアが数の上で上回っているということはないだろう。


国家間の抗争に巻き込まれた時の備えをすることは必要だが、それよりも如何に戦に巻き込まれないようにするかに注力すべきだとクロードは思った。









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